第2話

 それから数十分の後。

 ぼくとエイプリルは母船に戻り、船内の重力区画で正座もどきをさせられていた。

 エイプリルと一緒にナインズのお説教をうけるのは久しぶりだなと思いながら、彼女の言葉を聞く。ちなみに、ぼくとエイプリルは横に並んで正座もどきをしている。

 もどきというのは正規の姿勢で正座を決めると足がしびれる為、適宜緩衝材を足に挟んで緩和している為だ。


「若様のネイティブ・ギフトに伴う第六感は認識してます。そうですとも、でもね。限界ありますよね」


 船外作業用のスーツを脱いだナインズは肩までかかるウェーブヘアが特徴的で、全体的にほわわんとした柔らかい雰囲気を持つ。だから、正直怒っていても怖くはないというか、迷惑かけてごめんよという気持ちの方がぼくとしては先行する。

 ちなみにネイティブ・ギフトというのはそのヒト固有の才能や特技のことを指す。家の中では、それぞれの魔女の末がもつ伝承された魔法もネイティブ・ギフトとして扱う。ぼくの魔法は副産物として第六感が強化される性質を持っていた。


「限界は、まああります。結構危なかったです」

「お二人に何かあれば、アエバのお家に面目が立ちません」


 魔女の杜と呼ばれるぼくやエイプリルの実家がある。勿論、綽名というか通称で、実家の正式な家名はアエバという。

 家の当主は代々容色よく怜悧で、普段の商いは手堅く、けれどここぞというチャンスに大きく張って家を大きくしてきたという。長年そういう歴史を積み重ねてきたと伝わる。


「アエバ家の技術でも、肉体を大幅に焼かれた場合は再生不可ですよ」


 現在のアエバ家は保険、製造業、サービス・小売り、鉄道・エネルギー、ヘルスケア、テクノロジーといった各分野における中堅・大手企業体複数の創業家であり、筆頭株主でもある。企業体としては汎用損害保険などで集めた保険料を企業の設備投資に活用することで順当な成長を志向している。


 古来、魔女は百姓と同じくらいには、技術の時代を超えた伝播者という役割も持っていた。例えば百姓は多様な技能を持ち合わせ、時に組み合わせたり利用する多能工だったという。

 限定的なリソースしか持ち合わせず、自然環境を相手にするがゆえに彼ら彼女らなりの気象学、農学、土木工学などを伸長させた。

 魔女は森に住み森を管理する森林技術者であり、森の恵みを利用した薬学を修め、必要な道具を作り出すための冶金学も修めた。それから、忘れてはならないのは諜報技術だったという。ヒトから、あるいは権力からの擬態。


 魔女狩りを含め、多くの魔女の家系は多くの災難に遭遇している。アエバの家は、日本に所縁のある家系であるけれど、長引く乱世や太平の世の先でも廃仏毀釈による混乱など、安全だとされる宗教関係のカバー身分を使い続けることに拘り、失われた家系は多くあるという。

 そうなった際に、企業経営こそが魔女の系譜を永らえさせる道だとご先祖様は考えたらしい。だから宇宙船が飛び交う時代にも生き残っている。


「現実はならなかったんだ。ナインズの言っていることはIFの話だよ。それに、この船外活動用のギアの性能よかったけど、これはうちの系列じゃないんだね」

「話題を露骨にそらさないでください。軍用規格の民生品ですね。民生品といってもガワだけ変えて性能はあまり落としていないものです。若様のおじい様の名前を使った伝手ですね」


 ナインズは話題そらしにもきちんと応じてくれる優しいところがある。それに、意外な名前が出てきたことにぼくは内心、驚きつつどこか納得した。

 失踪前から祖父はとにかく顔の広いヒトで、数日ひょっとすると数週間家に寄り付かないなんてことはざらだったと記憶している。

 家にいることは稀だからより、祖父の記憶は焼き付いているのかもしれない。

 そんなことを脳裏に思い浮かべつつ、話題そらしの二手目を仕掛け始める。


「ナインズの手配はいつも手抜かりなくて、ありがとうございます」

「いえ、アエバの御家の力があってこそなので」


 恐縮しつつ頭を下げるナインズをぼんやりと見る。作戦行動が終わったばかりなのに、きちんと顔を整えた状態でここにいる。ぼくはナインズの段取りの良さと技能の高さに真摯に感謝する。


「家の力だろうとなんだろうと、それを上手く活用でききなければ宝の持ち腐れだしね。ナインズはすごいよ」


 成長を支える為、企業・アエバの御家を問わず企業体として人材への投資も潤沢に行われている。そのひとつが結実したのがナインズになる。ナインズは、基礎教育課程の頃から構造探索競技や数学五輪に入賞していた過去を持つ。家は彼女に奨学金をつけ、潤沢な資材を投下して長所をより伸ばした。

 不老化処置、人工義肢、高度演算応力といった代表的な要素の人体改造は実施済で、他にもいろいろと特異技術とよばれる人体適合率がごく低いテクノロジー・ギフトと呼ばれるものをナインズは持っている。

 我ながら今回はナインズが来てくれなかったら危うかった。内心の思いをただただナインズに向けて言葉にする。


「遅ればせながらだけど、ありがとう。ぼくはあなたに命を救われました」

「若様、感謝はありがたく受け取らせていただきます」


 ぼくがこういう時、次の手でうやむやにしようと言い出すのを察したのだろう。ナインズはジト目でぼくをみながら続きをどうぞと促す。

 ナインズの言葉には、話を本題に戻してくださいという意味も含まれているなとぼくには感じられた。ある種の手打ち感というやつだ。

 状況を俯瞰する。話題そらしを二段重ねしたことでナインズの気勢もだいぶそがれたかなと判断し、ぼくは促された通りに話を本題に戻す。

 こういう阿吽の呼吸みたいなやり取りはやはりどこか心地いいなとぼくは思った。


「でもさ、ナインズ。豆の木はエイプリル経由で輸送ドローンくんがきちんと運び入れてくれたし、襲撃者も確保できた。ひとまずよい終わり方じゃないかな」

「レッスンズ・ラーンドをおろそかにしていては次のミッションが大変ですよ。若様は足元をおろそかにしすぎです。帰ったら基礎訓練メニュー増加ですね」

「前向きに検討するよ」


 にこやかに、けれどそれでいて黒さを感じさせるナインズの笑みにはーいと返事をして、すみませんでしたとぼくは頭を下げる。

 その様子を隣でおかしそうにみていたエイプリルは何を思ったのか、左手を上げつつ立ち上がる。


「はい、ナインズちゃん」


 エイプリルの髪は腰くらいまでの長さを誇る。勢い良く立ち上がると、その分髪の毛が鞭のような風になって、ぼくの目やら口やらに入ってくる。

 それを丁寧にエイプリルの方に戻しながら、ぼくは話の続きを聞こうと向き直る。


「エイプリルお嬢様、ちゃん付けはよしてください」

「じゃあナインズリーダー。お母さんの未来演算の使い勝手が悪いから、娘が影響を被るんだと思います! もっと後進に手心加えていただきたいです!」

「シズカさまからも甘やかさないようにと、厳しく言われています」

 

 ナインズの言葉にエイプリルは肩をすくめ、いそいそとぼくの隣に戻って座った。シズカというのは祖母の名前になる。


「おばあちゃまからいわれちゃしょうがないな」

「それより、今回の成功で絵図はどのくらい埋まったのかな」


 ぼくの問いにナインズは頷いてから、シルヴィを介してモニターに画像を投影する。画像には随所に各種枠線やテキストがマッピングされていた。


「こちらが、影法師様の引き出された絵図です」


 絵画には、大きな桜と思しき木の下で山高帽とスーツをキッチリと着こなした祖父がやぁとでもいうように家族の元へ歩いてくる光景が描かれている。

 これを描いた祖母の伝承魔法は小夜啼鳥と云う。小夜啼鳥は、掴んだ未来をモノクロだけれど転写することが可能だ。


 未来は自分の影だからなのか、いつからかエイプリルの母であり、ぼくの伯母であるエレンは影法師の魔女と呼ばれ始めた。誰にそんな名前で呼ばれているのかというと意外と家人からだ。

 御屋形様とか、御台所様とか、そういう感覚なのかもしれない。伝承された魔法を使ったり、使わなかったりランダムらしいけれど、伯母の占いを月に一度受けることが出来るというのもアエバのお屋敷勤めの重要な福利厚生らしい。


 伯母は、六年前祖父とぼくたち家族が一同に会する未来をつかみ取って転写した。超細密画と呼ばれる粒度で転写された図画は御家の一族のみ立ち入ることのできるエリアに保管されている。

 絵図の分析結果によれば、おおよそ数十の物資を集め、京都にあるアエバ家の旧邸宅の庭にそろえることが出来れば、会うことが叶うらしい。

 かくして、地球がゴールの壮大なアエバ家のオリエンテーリングが始まったのだ。ちなみに祖父が消えたのはこれで六度目だという。


「全体の九七%ほどです」


 淡々とナインズが分析結果を読み上げる。ぼくは長く細く息を吐いてから、口を開いた。


「まあ、そんなものか」

「はい。また、結び目が解けるまで、残り7日と11時間ですが」


 祖母の力で、この時間枝にぼくたちは宇宙船ごと訪れている。その時間旅行を終える時間は早める事も、遅くすることもできないのだ。


「わかってる。問題は次の手をどうするか、だね」


 ぼくはナインズの切れ長の瞳を見て言った。

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