魔女一族の若様 〜SF世界で魔法を伝承し続けた魔女達は企業経営の名家として暗躍しているようです〜
夕凪 霧葉
第1話
――人は己がうちにうみを持つ。魔女がかみを、獣がくにを持ち合わせるように。
子供の頃から容姿の変わらぬ祖母の言葉だ。祖母は子供心にみてもたいそううつくしいヒトだった。古くは神職の家系だという。
だからか、立ち振る舞いは凛としていた。最も祖父と共にいる時分には幼くすら見えたけれど。
祖母を始めてみたヒトが想起するのは墨の海、だろうか。生まれてからほとんど切らず伸ばし続けた髪で、大人が数十は座ることのできる彼女の私室が埋まっているからだ。
その尊顔は孫のぼくですら、週に一度見えるかどうか。だから、いつも記憶に焼き付く。仄かな憂いを帯びた深い深い吸い込まれそうな眼差し。
――したなんてやさしいことだ、むずかしいのはつづけることだ
祖母の眼差しと共に祖父の言葉もふとした時に思い出す。
祖母が髪なら、祖父は骨だ。時の風に漉されても、記憶に残るのはゴツゴツとした祖父の骨太の手。それから緻密な拵えの煙草入れ、祖父はそれで煙草を吸うわけでもなかったけれど、よくそこに飴玉を入れていた。
思えば祖父なりの初の男孫へのテレのようなものだったのだろう。
たまにその飴玉をくれたりすると、包んでいた包み紙を折鶴に変えて見せてくれたりもしたものだった。
祖父は祖母とは異なり、わかりやすいヒトではなかった。外見でも内面でもだ。
だから、祖父の人柄を語れるほどの語彙をぼくはもたない。掬い上げても掬い上げても、零れ落ちて掌に残るのはほんの一滴。そんな、流水のようなヒトだった。
また祖父について、だったという言葉さえ用いるのは適切な事ではないかもしれない。
五年前に祖父が消えた際、伯母は悲しむ祖母の為、六年後に祖父がひょっこりと帰ってくる未来を紡いだ。
だから僕たちは東奔西走、過去に現在にと走り必要な絵図を完成させなければならない。
◇
「#I3 熱源反応。4時方向」
身体を丸め、まどろみながら無重力に身をゆだねているとサポートナビの警告を浴びる。
サポートナビ制御の緊急起動装置がウェアラブル・スーツに有無を言わさぬ回避運動を取らせた。同時に追随モードでついてきていた二基の多用途ドローンポッドが起動防御モードに変化。複数の感知方式に反応するデコイを数点自動射出した。
ドローンポッドは間をおかず、前方にビーム拡散幕展開弾を打ち出した。事前設定された十メートルほど前方で、正常に着火し幕が展開する。
が、僅かに展開が遅れ、すり抜けてきた熱線がすぐ横を通過する。偏光バイザーで軽減されてなお僅かにまぶしい。
「こういうのは上の姉さんたちの領分でしょ」
厄介ごとは勘弁してほしいと、そう感じながらぼくはぼやいた。
同時に先ほどの現象に対する判定結果をバイザーのサポートウインドウが表示される。いま時点では仕掛けてきているのはアンドロイドで、数は一というシンプルなことくらいしかわからない。
ひとまず、自動割当された仮称はボギーワンらしい。
ぼくはさっとだけ目を通して通信をオンにする。前後して、離れた場所にいる同行者二人へデータと共にメッセージを飛ばした。
すでに二人ともぼくが攻撃をうけたことはアラートで伝わっている。
「エイプリル。【ジャックと豆の木】はどれくらいで確保できそう?」
作業予定的にはまだまだ時間がかかることは理解していた。ただ、少しだけ期待していたことも確かだった。どうかな、と内心思った矢先にエイプリルからの返信が来る。
「見つけはしたんだけど、状態がかなり悪そう。アンバー姉ならスムーズにやれるだろうけど、わたしだとあと五分はほしいかな」
ぼくのはとこであるエイプリルは五人姉妹だ。上には三人の姉、下には妹がいる。
アンバーはエイプリルのすぐ上の姉で草木の扱いに長けているし、指揮統制能力も随分高い。けれど、この時間枝にはいない。
もちろんエイプリルだって、目標物採取に必要な要求スキルレートをきちんと上回っている。むしろ事前に立てた想定スケジュールより作業は早いペースなくらいだ。
アンバーが例外なうえに特異だからなぁ、やっぱり基準にしちゃ駄目だよねと内心思う。
「わかった。こっちでなんとかしてみる。エイプリルはそのまま作業続行でよろしく。エイプリルならいけるよ」
励ますように声をかけると、元気に応じる声が返る。
「オッケー、ウィルこそとちらないでよね」
「今日のお昼にエイプリルに食べられたナインズのバケットサンドの借りを返すまでは死ねないからね」
「はいはい、じゃあ、またあとで」
穏やかに会話をこなしながらもウェアラブル・スーツは複雑な軌道を描いて、ぼくをさしあたっての危険から救う。反比例するように喫緊の吐き気がこみあげてくる。
けれどそれもほどなくして、終わる。数回の跳躍の先で入れ違いに光線が一条。味方からの狙撃だ。
通路を移動しながら、おびき寄せる作戦はまずもって成功したといっていい。後は、どう調理するかが迷いどころだった。
「ナインズ、単分子カッターと電磁ネットに留意」
「了解。5分以内には制圧可能です」
すぐさま返ってきた幼少期からの付き合いの年上の女性侍従の応答に、ゆっくりでいいよと返す。返したはいいけれど、そのまま更なる回避運動をウェアラブル・スーツが行った。
ボギーワンはその辺に漂っていたマホガニー材の重厚なデスクを物理的に投げてきたらしい。
まだ少し寝ぼけた頭で、サポートAIに彼我の状態表示を指示する。
即座に映し出されたデータを確認して内心驚きながら、その内容を口にする。
「#I1 ヘルベティカ・サンセリフ社の個人護衛型アンドロイドです」
「へえ、この衛星内の警備機構なわけはないと思っていたけど、意外だ」
母船演算人格のシルヴィからの情報データリンクとサマリされた参考データを確認しながら、頭をかこうとしてウェアラブル・スーツに付属するバイザー部分を叩く。
こういう無重力空間はいろいろと制約が多いなとぼくは思った。
「シルヴィ、cp05.母船から捕獲型ドローン展開、捕まえたいな」
$Silvi$ 了解。
「ありがとう。さあ、がんばろうか」
ぼくは、そう口にしつつただただナインズの成功を祈った。
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