第八章◆帰ろう【side 霊弥】
「ただいま! 眞姫瓏、真菰! 久しぶりだね!」
乱れた前髪を手櫛で直しながら、寳來が声を上げた。
彼の声の割には、高くて大きくて、思わず耳を塞ぐ。それにしても、寳來は真菰と顔見知りなのか?
「お兄ちゃん、おかえり」
「あなた何してたんですか? 今日の式典に来なかったら一族の頭領としてトンデモナイことになってたと思いますよ。全く、昔々から
相変わらず真菰の返答は辛辣だ。──その光景が、教室であの日まで当たり前のようにしていた、あの挨拶の様子と重なる。
『おはよ〜』
『……シーン』
『ちょっと、僕にも、おはようの一言ぐらい良いでしょ!?』
『男子部でショタボは受け入れられなかったな』
そういえばあの夜、ここに飛ばされてしまってから、結構な時間がたってしまったようだ。たった一週間しかこんな生活を送っていないのに、四年続いたあの生活が、遥か昔の記憶に消えていく。
蒼汰、おまえ、怪我は治ったか。忙しくて見舞に行けていないけれども、元気にしているか。
今度は全員で大希ん家に行って、何かゲームでもするか──。
そう考えていたさなか、ポンっと肩を叩かれた。寳來だ。悲しいような虚しいような、複雑な笑顔を浮かべている。
「霊弥、帰りたい?」
ビクッ。まるで俺の心の内を見抜いたような、核心をついた質問に、肩を竦める。
寳來は、人の心が読めるんじゃないか──そう疑うほどに、あまりにタイミングの合いすぎている質問だった。
「……そりゃそうだ。あっちで、アイツらを待たせている。バイトもあるし……これ以上、ここに世話になるのは……」
グダグダとした答えだっただろうか。けれども、確かに、これは本心だった。
「そう。……なら、二拠点生活に転向しよっか」
……二拠点生活?
その疑問を噛み締める間もなく、寳來は、
バアァァァン……!!
俺の左脇腹を、結構強い力で蹴った。
「グハッ……」
あっという間に外へ飛ばされ、数層下の屋根瓦まで落とされる。
かろうじて着地をしたが、瓦は赤土が剝げて、取れそうになっている。一歩間違えれば、遥か下には木造の渡り廊下。その下には、極相が広がっている。
細かな数値まではわからないが、四十メートルはあるだろうか。
必死に固定された柱を掴みながら、上を向く。
窓の淵に立ち、厳格な顔つきで外を見渡す、本領発揮をした寳來。下方の俺を見つけると、すぐに首で合図した。
『行け』
と。
寳來の首が向けられた方を見る──遥か彼方まで続く極相林のとある箇所に、数十メートル四方の、それこそ学校のグラウンドほどの広さの枯れ野があった。そこ、円の中、細かな紋様や記号の書かれた、金色の光が。
「あれは……」
ほんの一瞬の記憶だったが、確か早弥が消えたその瞬間にも、あれがあったような気がする。
よく見ていく。その光は、淵の方から、徐々に消えていっている。
……なるほど。寳來が俺にやらせたいことはわかった。
だが、そこまで結構な距離がある。果たして、あの光が消えるよりも前に着くだろうか──……。
いや、と首を横に振る。
考えている暇があったなら、走ろう。例え間に合わなくても、骨折り損のくたびれ儲けに終わったとしても、そのときはそのときだ。
早弥みたいに、楽天的に──とはいかないが。
屋根を伝い、段々と、そう、少しずつ降下していく。
少し踏み間違えたら、奈落の底へ真っ逆様なのだが──まあ、何とかかんとかでやっていこう。
城壁のような分厚い壁の細いひさしに飛び乗ると、その勢いで、なるべく光に近くなるように、転がっていく。
落ち葉のまだ残る地を全力疾走、渡り廊下の下の小川も何のその。
木々の隙間を通り抜け、時々靴が草にかかったが、引きちぎってそのまま進んでいく。
それこそ、大空を風のように飛び回る鷹。俺は、地上を走る鷹だ。
息は絶え絶え、肺も爆発しそうな激痛だったが、光が消えてしまうより遥かに早く到着した。
「ハァ……ハァッ……ハア……」
そうだ、早く!
疲労と痛みで足がもつれそうだったが、何とか光の上に立った。
そのとき、辺りは黄金色の光に包まれ、飴のようにくにゃりと歪み──
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