第六章◆なんでお前がここにいる【side 霊弥】

 眞姫瓏の家に来てから、一週間。


 ……状況に変化が、ない。


 寳來と連絡はつかないわ、早弥の消息もどこにもないわ、ただ毎日段々自分は屋敷のつくりを覚えるわ、といった具合に。


 ただでさえ突然見知らぬ土地に連れて行かれて、混乱していたのに、このザマはなんなんだ一体。


 一度使用人を血祭りに上げて脅迫してみたが、オロオロとくどくどと説明するだけで、何にもならなかった。


 日に日にこの生活に慣れる体が、嫌になってくる。


 早く家に帰してくんないか──。



 時刻が正午に差しかかる直前のこと。


 蒼生山の向こうから、何里かはありそうな長い長い行列がやって来たのだ。


「……あれは?」

「行列ですか? あれは〈栗栖野狐塚くりすのきつねづか家〉の御一行ですよ。長らく我が一族に仕えてきた、善良で誠実な陰陽師の一族です。確か……嫡女の真菰まこも様に、許婚いいなずけができたとか何とかの式典で、こちらへ来たと聞きました」


 苗字が長いことぐらいしか説明を覚えられなかった。


 それにしても、町の大通りを埋め尽くす大行列だ。きっと町の者も、目を見張ってながめていることだろう。


 行列の最後尾が屋敷の門をくぐったのを見送ると、颯爽と窓を閉める。


 ……許婚、か。


 こちらにも新たな知らせがある。眞姫瓏に許婚ができた……なんて、少し馬鹿らしかっただろうか。


 無論のこと、眞姫瓏の許婚とは、俺のことだ。


 女嫌いの俺が、たったの一週間で許婚に? いや……眞姫瓏とは、もっと長い時間を過ごしている気がする。


 もっともっと、前から。遥か昔から。


 けれども、その記憶はない。ここに来る前に、眞姫瓏と会話を交わしたことはないはずなのに……。


「眞姫瓏様、そして、許婚の霊弥殿。栗栖野狐塚家の遣いの者がやって参りました。本日は、真菰様、そして、許婚の早弥殿と会談してもらおうとのこと、そこで待っております」


 ……は?


 今、誰かさんが説明したことの文中に──早弥の名が?


 まあ、早弥など、たいそう珍しい名前でもあるまいし、きっと同姓同名の別人だろう。現に、「さや」や「れいや」という名前の人間とは、これまで何度か出くわしてきた。


 ススッと襖が開き、先に入ってきたのは、色鮮やかな着物を何重にも重ね着した、幼女だった。紫がかった黒髪はゆるく二つにくくっていて、頭からは白い狐耳が生えている。首から下げているのは、五芒星の首飾りだった。


 その幼女に続いて入ってきたのは、くすんだ青色を基調にした、書生風の着物を着た青年だ。銀色の髪に、深い青い目をしている。


 ……いや、コイツ……どこからどう見ても、早弥だろう。


 俺と瓜二つの、真一文字に口を閉ざした男──涙ぼくろの位置、前髪の跳ねる向き、旋毛の位置を除けば、容姿での違いはない。


 一卵性双生児の片割れ、双子の弟、早弥で間違いはない。


「早弥さん、この人たちとは初めましてですよね? 軽くおれ……わ、私たちのことを説明しません?」


 コイツ(多分、真菰)は、俺っ娘なのか?


「ううん。桃色の髪の女の子は初めてだけど、もう一人は兄だし。やほ、霊弥くん。あれぇ、霊弥くんだよね?」


 嫌というほど聞いてきたこのショタボイス、間違うわけはない。


 ……えっと、幼い男子のことは「ショタ」で合っていたっけな。んで……対義語はなんだ?(正:ロリ)


「早弥、おまえ……」


 地を這うような低声に、腹が震える。早弥は慣れっこである。相っ変わらず、ヘラヘラしていて、能天気なやつだ。


「霊弥くん、そーゆー声出すから、みんなに『常にキレてる』って思われるんだよ? まあ前は『耳が聞こえない』とか『声帯破壊中』とかどーのこーの言われてたけどね。音楽の授業で『あの夏の君は』歌うまで、誰も霊弥くんの声を聞いたことなかったよ。笑えるわ〜」


 ケラケラと人の黒歴史を笑い話にする早弥が、よく名家の嫡女の許婚になれたな、と感心を通り越して呆れる。


 ほんっとう、なんでお前がここにいるんだ……。


「それで……」


 今度は眞姫瓏から、話が始まった。

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