第一章◆意味不明【side 霊弥】

「ハァ……ハァ……」


 吐く息がふいごのようになるほど、階段を上った。


 高木より遥かに高い階段を上りきった先には、延々と続く木造の渡り廊下。


 今、その果てしない道の中、残りがどれくらいかもわからないのに、足がダメになってしまったのである。


 季節は、秋。実に過ごしやすいはず。


 しかし俺の肺は、今にも爆発しそうなほど痛んでいた。それこそ、真冬の早朝に、長距離走をしてきたあとのような。


 手すりに片手をつき、もう片手は床につく。


 下を向き、呼吸を整えようとするが、疲労困憊ひろうこんぱいのためか、荒い息がおさまる気配はなかった。


 ……辛い。


 今すぐ寝転びたいが、ことさらに身体を冷やすかもしれない。


 どうにもこうにもならない。


 もう、いっそのこと、凍死してしまおうか――。


 そんな考えが頭をかすめた、まさにそのときだった。



「確かに窓から見たんです、ここの先にうずくまる人を。こんな寒いし夜も遅いのに、一体どこから……身体を冷やされては困りますから、数日は泊めておきたくて」


 女の声だ。ハッとして前を向くと、二つの人影が見えた。


 逆光で顔などは見えないが、長い髪を二つに結った方が女だろう。


「いやあ、嬢様はなんて慈悲深い」


 女の隣で歩く、少し背の高い方が、男。声が男だった。


 女のことを「嬢様」と呼ぶあたり、この女は位が高いのに違いない。また、隣の男は女より身分が低いのだろう。


「慈悲深い? うずくまる人を助けるのは社会的に当たり前じゃないかしら」


「それが当たり前なら、世の中こんなに惨たらしいことないですよ」


 二つの足音が、徐々に俺に近づいてくる。


 逃げようかとさえ考えたものの、足がひどく凍てついたように攣り、動かない。


「……!」


 女の息遣い。白霧のようなものが見えた。


 トットット……と足音が大きくなる。女が駆け寄ってきた。


 月明かりに照らされ、その姿形が明らかになる。



 桃色の長い髪を二つに結い、結び目には藤と梅の髪飾りがつけられている。苺色の目は丸く、どこまでも澄んでいる。雪の色をした肌だが、血色はいい。淡い桜色の着物に朱色の帯を締め、くすんだ桃色の羽織を何枚も重ねて着ていた。


 俺の真ん前に立つと、その両手で、俺の両頬を包む。


「冷たい……相当外にいたのね……」


 女の手は温かく、触れていても嫌悪感を感じさせない。


 その手を、自分の両手で包む。女の手が温かい分、自分の手が更に冷たく思えた。


環吉かんきちさん! 担いでくれる!?」


 環吉と呼ばれた男が、俺のところへと走ってくる。



 その視界がぼやけ出したと思えば、そのまま辺りは真っ暗になって――

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