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 でも、苺のバッグができる頃まで、私はここにいられるか分からない。そう思うとまた不安の波が押し寄せてきそうになって、私はぶんぶん首を振ってなんとかそれを抑え込んだ。サチさんは、そんな私を優しくて悲しげな目で見ていた。私の内心の波を、ちゃんと分かっていてくれているみたいな目。私はその目をありがたく思う一方で、警戒もしてしまう。心の中を覗かれているみたいな状態は、どうしたって居心地が悪い。これまで、他人とほとんど関わらずに生きて来たからだろうか。

 「……ねえ、」

 サチさんが、台所の調理台に、細い腰を引っかけるみたいに寄りかかって、ゆっくりと口を開いた。私は黙って、彼女の言葉を待った。

 「……香織は、ここを出た方が良いと思うの。いづみが、戻ってくる前にね。」

 だいたい、想像していた通りの台詞だった。同じような内容を私に告げる娼婦は少なくなかった。その度に私は心を凍らせ、ただ頷くだけでなにも答えなかった。だから私は、今回もそう振舞おうとしたのだ。でも、できなかった。だって、相手はサチさんだった。身体も心も疲れているだろう昼間の時間を割いて、私の手を取って鉤針編みを教えてくれたひと。ただの時間つぶし以上の意味が、私にはあった。

 「……なんで。」

 なんで、そんなことを言うの。私を、追い出すの。

 言葉は途切れ途切れになった。サチさんは、相変わらずの静かな眼差しで、首を横に振った。

 「追い出すんじゃない。……このままここにいたら、香織もいずれは私たちみたいになる。私たちはそれしか道がなかったわ。でも、あんたは違うでしょ。まだ子どもで、どんなふうにだって生きていけるわ。」

 サチさんの言葉を、私は信じなかった。私は、違わない、どんなふうにだって生きていけない。

 頑なに石みたいになる私を見ても、サチさんは気を悪くした風もなかった。

 「孤児院に入るって手も、あるじゃない? 蝉が院長と親しい施設があるのよ。ここからは、ちょっと遠いけれど。」

 蝉からは、そんなことをほのめかされたこともないな、と思った。ただ、サチさんの言うことも事実なのだろうとも。

 「……ここから離れて、お母さんもいなくて、どうしたらいいの。私、分からない。」

 切れ切れの言葉を、私は辛うじて吐き出した。サチさんは私の言葉を最後まで聞いてくれて、その上で、私の肩をさすった。

 「ここのことも、いづみのことも、忘れて生きていくのよ。それが一番いい。いづみは、あんたを狂わせたわね。」

 お母さんが、私を狂わせた? 

 そうは思わなかった。私はもともと狂った家に生まれ育ったし、お母さんに拾われた時も狂っていた。今だって、その名残で狂っている。それだけの話だ。

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