23

 「とむらい?」

 耳にも口にもなじまない言葉すぎて、言葉がふわふわと宙に浮いている感じがした。蝉は、そんな私の様子に構わず、ああ、と平然と頷いた。

 「ここの女は大抵子供を堕ろしてる。あんたに優しいのは、その弔いだろ。」

 想像もしていない言葉すぎて、私は言葉を失った。

 あの、パーマネントの髪のひとも、あの、短い髪のひとも、あの、色の白いひとも、あの、日に焼けた肌のひとも、みんなみんな、私を通して子の弔いをしていると言うのか。私に差しのべられる、うつくしい女たちの手は、どれも罪の意識に濡れていると言うのか。

 黙ってしまった私をちらりと見やり、蝉はさらに言葉を続けた。

 「あんた、ここで身体を売りたいって言ったよな。それ、そういうことだぞ。」

 それ、そういうこと。

 私は茫然としたまま、無意味に首を横に振った。どういう意思でそうしたのかは、自分でもよく分からない。ただ、そうしただけだ。

 馬鹿だったと思った。私はここで身体を売りたいと、自分の食い扶持くらいは稼ぎたいと、そう蝉に言ったけれど、そんなことについては全然考えていなかった。

 「……お母さんも?」

 お母さんも、弔いで私を拾い、ここまで養ってくれたのだろうか。ぎこちなくなる声で問うた。そうだよ、と言われたら、自分の中でなにかが壊れてしまいそうだった。なにか、お母さんに拾われて、なんとか修復しつつある心の中の一部が。

 「いづみも子供は堕ろしてる。」

 蝉が、平然と言った。平然と言いながら彼は、帳面を閉じ、煙管を煙草盆に置き、手を伸ばして私の髪に触れた。

 「俺は、孕まない。その性別でよかったと思ってるよ。ここにいるっていうのは、そういうこと。」

 私はそのときはじめて、蝉が男娼であったことを知った。よく考えれば、大抵は娼婦上がりの女が勤めている遣り手の職を、男の蝉が勤めていることに違和感があったし、そこから考えれば分かることではあったけれど。

 蝉の手は、冷たくも熱くもなかった。いつもと同じ、平熱。私はそのてのひらを項のあたりに感じながら、じっと目を閉じた。

 お母さんは、多分弔いで私を拾い、養った。でも、だからなんだと言うのだろう。お母さんに拾われなかったら、私はどうなっていたか分からない。感謝の気持ちは変わりはしない。

 それなのに、なぜだか胸が痛い。求められているのは、私ではないと。

 「……蝉、」

 「ん?」

 呼びかけはしたものの、その先の言葉が思い浮かばず、私は唇を噛んだ。蝉は私の髪から肩までを撫で下ろすと、煙草盆から煙管を取って咥え、帳面をぱらりと開いた。

 蝉は、こっちを見ていない。そう自分に言い聞かせながら、私は泣いた。随分と長い間、細くしつこい涙は流れ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る