22
はじめの一週間、私は裏通りのバラック小屋から観音通りの長屋に通った。朝、昼、晩の食事と、お風呂の時間だけ。その他の時間は、バラック小屋で一人過ごした。お母さんがいない時間は、引き伸ばされたみたいに薄く長く感じられて、私はやたらと眠ってばかりいた。晩御飯を食べた後、バラック小屋に帰ってきてすぐ眠り、朝ごはんの直前に起きて長屋に行き、帰ってきてまた昼食まで眠る。昼食の後も、また眠る。
不安だったのだ。お母さんはどうしているのかと。不安で不安で、その不安から逃れる術が、眠ることしか思いつかなかった。ありがたいことに、13歳の身体は育ち盛りで、その気になればいくらでも眠れた。長屋の娼婦たちが、香織、最近大きくなったんじゃない? と声をかけてきたりしたから、実際背も伸びたんだと思う。
蝉に、お母さんのお見舞いに行きたい、とせがんだこともあった。でも蝉は首を横に振って、あの病院にはそういう制度はないんだよ、と言った。
「あの婆、人嫌いだって言っただろ?」
そう言われると、私にそれ以上食い下がる術はなかった。極度の人嫌い。私自身だって、人のことは言えない。
私が黙り込むと、蝉は私の肩を叩いて慰めてくれた。
「腕は確かだから、大丈夫だろ。いづみはすぐ戻ってくる。」
そんな生活になんとか耐えられたのが、一週間。二週間目から、私は蝉の部屋に上がり込むようになった。蝉の部屋は長屋の中に二つあって、ひとつが私がよく上り込んでいる、長屋を上がってすぐの小部屋。そこは蝉の仕事部屋だ。そして、もう一つが長屋の一番奥、娼婦たちと同じ並びにある蝉の寝室で、そちらには私は入ったことがなかった。一人でバラック小屋にいるのに耐えられなくなって、でも、長屋のお母さんの部屋で暮らすのもどうにも馴染めなかった私は、その中間点とでもいうべき、蝉の仕事部屋に入り浸ったのだ。
長屋の娼婦たちは、もれなく全員、私に優しかった。食堂や風呂や廊下やらで顔を合わせると、お菓子やお小遣いをくれた。
「ここの人は、みんな優しいのね。」
蝉の仕事部屋で、二つ並べた座布団の上に行儀悪く寝っころがりながら、何気なく言うと、定位置で煙管を咥えながら、売り上げの帳面に視線を落としていた蝉は、そのままの姿勢といつもの口調で、弔いだろ、と言った。
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