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 「一人はつらくないわ。売春だって、慣れたら平気。でも、平坦なのは、つらかったわね。生きてるのか死んでるのか、分からなくなる。」

 私はじっとお母さんに寄り添って座っていた。私も、お母さんに拾われてからのこの三か月くらいは、ずっと平坦だった。日々の生活に大きな変化はなかったし、感情をいたぶられることもない。お母さんの懐に抱かれて、平坦に過ごしていた。そして私は、それをつらいとも思わなかった。むしろ、幸福なことだと思っていた。実の両親と生活していたときと比べて、ずっと。だから、お母さんはきっと、幸せだったのだろうと思った。観音通りに立つようになるまで、幸せだったのだろう、と。私はお母さんの過去を知らない。本当に、なに一つ知らない。お母さんはなにも語らなかったし、私はなにも訊けなかった。そのことが、やけにはがゆく感じられた。

 香織、と、私の名前を呼んで、お母さんがそっと肩を抱いてくれた。暑い夏の日なのに、お母さんの肌は冷たかった。さっき飲んだ、サイダーを思い出すくらいに。

 「香織が来てくれて、よかったと思ってるのよ。」

 でもね、と、お母さんは言葉を続けた。

 「つらくなるときもあるわ。この生活は、香織にはよくないから。観音通りの生活なんて、子どもにいいはずがない。……香織は、私といない方が幸せ、なのかもしれない。」

 幸せ、という単語を、お母さんは噛み締めるみたいに発音した。その単語は、私にはこれまで縁がなかったものだ。お母さんに、拾われるまでは。それなのに、なんで、お母さんといない方が幸せだなんて言うのだろう。

 頭が混乱した。私は今、捨てられかけているのかもしれないと思った。

 お母さん、と呻いて、私はお母さんの胸に縋った。お母さんに捨てられる。それは、明白な恐怖だった。

 お母さんは、私の身体を受け止めてくれた。私を捨てるかもしれない、その腕で。

 「さっき、中居さんに、宿の中居の口がないかって訊いてみたの。そうしたら、ここの宿ではないけれど、バスで少し行ったところにある温泉街で、中居の口があるって教えてくれたわ。」

 つまり、お母さんは、私をその温泉地に置いていくつもりなのだろうか。そう思い到って、私は涙をこらえることができなくなった。お母さんが、こんなに具体的に、私を捨てる算段を立てているとは思っていなかったから。

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