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どんな文脈で発せられた言葉であれ、私にとってその言葉はほとんど天啓だった。
観音通りに行けば、私一人でも生きていける。
座り込みかけていた膝に喝を入れ、なんとか立ち上がる。そのまま、住宅街を抜けて駅の方面へ向かい、線路に沿って一駅分歩いた。真っ暗で、いつの間にか降り出した雨が身体を叩いた。観音通りについても、なにをどうやればそこで生きていけるのか、私は分かっていなかった。ただ、あのときの父親の口ぶりからして、快適な生活は待っていないと理解していただけだ。
重い身体を引きずって、一駅分歩きとおす。駅の北側、夜中なのに妙に活気のある一帯が観音通りだと、すぐに分かった。看板なんかが出ているわけではないけれど、長屋が立ち並び、その前で女たちが、通りかかる男たちの袖を引いていた。
ここだ。ここで身体を売れば、女一人でも生きていけるという意味だったのだ。
父親の言葉の意味をしっかりと把握した私は、どっと疲れ込んだ。ここまできても、身体を売らねば食ってもいけない自分の身が、ひどく重たいものに感じられた。重いその身に、観音通りの軽やかでいっそ明るい雑踏は、苦しすぎた。私は自分自身を引きずるみたいに表通りから一本裏路地へ入った。するとそこは、戦後そのままのトタン板のバラックが立ち並ぶ、ひどく静かな小道だった。観音通りと隣接しているとは思えないほど、ここには街灯の灯りも届かない。
私はなんだか安心して、その場に蹲って膝を抱えた。
ここは、静かだ。少し、眠りたい。眠ったらもう、目が覚めなければいい。どうかもう、明日なんて来ないでほしい。
信じたこともない神に祈り、目を閉じる。疲れ切っていたから、すぐに意識は遠のいた。これで楽になれるな、と、ぼんやり思っていたところで、声が聞こえた。
「雨よ。帰りましょう。」
若い女の声だった。夜闇によく似合う、やや低めの声。はじめ私は、その声が私に向けられているものだとは思わなかった。だって、その声はごく親しい人に向けて、ごく当たり前に帰宅を促すものにしか聞こえなかったのだ。私には、観音通りには、というかこの世のどこにも、そんな親しげな口をきいてくれるひとはいない。
けれど、その声はもう一度、全く同じ響きで繰り返された。同時に、肌を刺していた冷たい雨が遮られる。
私が驚いて目を開けると、長い髪の女のひとが、こちらに赤い番傘をさしかけていた。
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