観音通りにて・母親
美里
拾い子
お母さんに拾われたとき、私は13歳になったところだった。あれは、土砂降りの雨の真夜中で、辺りは街灯の一本もなく真っ暗で、ざあざあと雨音だけが耳を刺した。私はひとり、観音通りの裏路地で膝を抱えていた。この通りに来れば、女ひとりでも生きていける。そんな話を聞いたことがあった。そのとき私は、どうしてもひとりで生きていかねばならない事情があったのだ。
13歳の誕生日に、私は処女ではなくなった。相手は、父親だった。初潮は、まだきていなかった。ほら、入った、と、父親は布団をめくって母親にその部分を見せつけた。母親は、声を立て、手を叩いて笑っていた。二人とも泥酔していて、私だけが素面だった。私がおかしいのか、私以外の全てがおかしいのか、そのどちらなのか知りたかった。
行為の最中、私は冷静だった。素面だったし、頭の中は冴えていた。殺されたくなければ、父親のいうことを聞くしかない。これくらい、大したことではない。殴られたり蹴られたり、腹が空きすぎて気持ちが悪くなったり、そんなことと比べたら、これくらいの痛みには耐えられる。大したことじゃない。
なのに、行為が終わって、父親と母親が高いびきで眠ってしまうと、私の頭の中はぐちゃぐちゃになった。なぜだか、死んでしまうと思った。たかが、処女を失ったくらいで。
死んでしまう、と思うと、猛烈に怖くなった。死ぬのが怖い。怖くて怖くて堪らない。私は半狂乱になって立ちあがり、泣き叫びながら自分の髪をめちゃくちゃに引きちぎった。それでも、父親も母親も目を覚まさなかった。
怖い、怖い、怖い。
泣きわめきながら、私は家を飛び出し、あてもなく走り出した。ようやくその発狂が収まったのは、家を離れて、人気のない住宅街をしばらく彷徨ってからだった。
あの家には、帰れない。私は多分、狂ってしまう。
くっきりとそう思った。
そう思ったところで、私には行く当てがなかった。親戚はひとりも知らなかったし、学校に行ったことがなかったので、友達なんかもいなかった。この世界には、こんなに広い土地があるのに、私が一晩、身体を休めるだけの場所は確保されていないのだ。
呆然と座り込みかけたとき、父親が言っていたことを思い出した。
あれは、私が父親に体を触られるのが嫌で、抵抗したときだ。ということは、まだ諦めを覚えていない私は、随分と幼かったはずだ。その幼い私に、父親は吐き捨てた。
女が一人で生きていくには、観音通りに行くほかない。
だからお前は、この家にいるしかないと、そういう文脈だったのだろう。
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