善光寺、ロボになる⑨

「聞こえへん?」

 シチミが足を止めた。耳もとに手を当てる。

 ……泣き声だ。子どもの、それも私たちよりずっと小さな子どもたちの。声がするほうに近づくとその声はさらに増え、数え切れないくらいほどに。

「これって」

「さらわれた子どもの声で間違いないと思うで」

 低く、心なしかふるえているシチミの声。さっきまでの陽気さは消えていた。

 わかる、わかるよ。顔は見えなくても。だって私も、おんなじ気持ちだから。

 絶対にここから出てやる、みんな助け出す。

 入口があるなら出口だってあるはず。

「ここがお戒壇めぐりやったら、どっかに必ず極楽の錠前《じょうまえ》があるはずや」

「ジョーマエ?」

「錠前言うくらいやから鍵穴かなんかやない? そいつにさわったら極楽浄土に行けるんやて」

 けど、こんな暗がりの中でそんなもの、どうやって探せばいいの?

「せやけど極楽って死んでから行くとこやん? うちはあんま行きたないなぁ」

「……私は、ちょっと興味があるかな」

「そうなん?」

「会ってみたい人がいるんだ。約一名」

 その人がいる場所が天国なのか地獄なのかは知らないけど、私がこの世に生まれた時にはもういなかった人。

「まぁ、別に先でもええやん。だってこの世でまだ出会うてへん人がぎょうさんいてるやろ。その人たちに会うてからでもおそくないやろ? だってうちたちは今、生きとんねんから」

 どうなんだろ。私はただ何となく死んでないだけかもしれない。学校にも行かず、フリースクールでもねてばっかしで。ただ食べてねてるだけの牛さんみたいに。

「……希生」

「うん」

 聞こえる。コツコツという固い足音だ。それも一つじゃない。それが右に行ったり左に行ったりしながら少しずつ近づいてくる。


 んもぉ〜〜〜〜〜〜


「よっ」

 緊張感のかけらもないマイトの声に、体中の力がぬけてゆく気がした。

「何に乗ってんねん、じぶん」

「牛に引かれて善光寺参りって言うしない?」

 信心のないおばあさんが干してた着物が牛の角にひっかかって、取り返そうと追っかけたら善光寺にたどり着いた。よく聞く昔話だ。

 ん? 牛?

「マイト、この牛どこから連れて来たの?」

「すぐそこにいた」

 ということは善光寺の牛だ。

「牛ってさ、鼻に輪っかつけてるよね」

 あれって、トビラにかける錠前の形ににてる。

 牛が草を食むクチャクチャという音がするあたりに手を伸ばす。冷たく、丸い感触が指先にあった。

 輪っかが金色に光る。久しぶりの明るさに、何も見えなくなった。

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