善光寺、ロボになる⑦
むせ返るようなお香のにおい。
向かって右手に鐘ろう。
左手に経堂。
奥に五重の塔。
そして正面、二重の屋根の建物が本堂。
国宝、善光寺。
全国から善男善女がお参りに来る、とは言っても平日の昼間ということもあって、見るかぎり子どもは私たちだけ。
何と言うか、こう、時間の流れがとてもゆったりとした場所だ。
「じやんばやんしかいねぇな」
私が思っても口にしなかったことをあっさり言うマイト。
「ほんまにこないにぎやかなとこで人さらいが出るんか?」
さかんに首を左右にふるシチミ。
団体客、外国人、お寺で働いてる人。これだけの人間がいる中で子どもがいなくなるとか、ちょっと考えにくい。
「あの、探しものをしとるんじゃが」
後ろからかけられた、かすれた、おじいさんぽい声にふり向いた。
「わしの顔を見んかったかの?」
なかった。目も口も、ついでに髪の毛も。
顔の上にに何もない、赤いよだれかけを首にかけただけの着物のお坊さんが立っていた。
マイト! シチミ!
すぐそこにいる二人に助けをもとめようとした。けど、声が出ない。恐怖に支配された体がこわばり、金魚みたく口をパクパクさせるだけだ。
「おお、こんなところにきれいな目玉が」
顔に、小指の欠けた手のひらが近づいてくる。どうしようもできない。
一瞬だけ、世界が真っ赤になった。お坊さんがその場にのたうち回る。
「さぁお立会い。これなるは南米はトリニダード・トバゴの特産スコーピオン。文字通りサソリのしっぽににてるところからこの名前がついた。サソリのしっぽにゃ毒がある、スコーピオンにゃタバスコの10倍の辛さがある。とても売り物にゃならないが、とっさの時にゃ武器になる」
見れば、腰に下げたひょうたんから手のひらに出した赤いものをもうひとふりするシチミ。あわてて目を閉じた。お坊さんが鳥のような奇声を発した。かろうじて残ってた鼻の穴に入ったっぽい。
「希生!」
ぐい、と手首をつかまれた。痛いくらい強く、マイトにひっぱられた。気がつけば周りにはだれもいない。
「びんずる様だ。体の悪いところをなでると病気が治るっていう仏様だ。なでられすぎて体中がツルツルしてんだよ」
「なんでそんな仏様が悪いことするの」
「おれに聞くな」
「あ、あれ」
シチミが本堂のほうを指さした。
すさまじい地鳴りを上げながら。
本堂が、地面からうき上がる。
「ジョーダンきつっいわ」
善光寺が、三百年以上前に建てられた木造建築が、空を飛んだ。
「逃げるでっ」
三人で今来た道を引き返す。
向こう側から、さっきくぐった山門と仁王門が砂けむりを上げてせまってくる。
仁王門が二つに割れ、その上に山門が乗り、さらに本堂が乗る。まるでロボットの頭から胴体、足のように見えた。
「横だ!」
西の方角を向く。長さの違うヒノキの柱が六本、流れ星のように飛んでくる。
「
六年に一度のご開帳で、ご神体の代わりに仏様とつながれ、さわれば極楽に行けるという歴代の柱が降ってきた。
それがロケットのように打ち上がった五重の塔の屋根と組み合わさり、巨大な腕が完成する。
腕は私たち三人を軽々と持ち上げると巨人の口、いや、本堂の中に放りこんでしまった。
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