笑顔の牢屋④
「ここだ。ここから抜けられる」
連れて来られたのは、せまい校庭のすみっこにある生き物小屋の前だった。生き物小屋とはいえ、金網は破れ、引き戸は開かない、もちろん中に生き物なんかいない小屋だ。用務員さんがいまいましげに壊したそうなことを言ってたっけ。
「でもさ、バレないかな」
ナガランドの下校時刻は三時。それまでにもどったこれなかったら一大事になる。いちおう、リュックサックの中に残りのおやきは入れて持ってきた。
「大人ってのはバカだ。機械にまかせときゃ安心だってカン違いしてけつかる」
たしかに、ここの出入りはコンピュータで管理されている。建物は高い壁にかこまれてて、ただ一つの出入り口にはカギがかけてある。
「ここにいる全員、おめが思うほどおめのことを見てねしな」
小屋の中はまっくらで、昔ここに住んでたであろうウサギやニワトリの強烈なにおいだけが残っている。こんなところに入るのは、ちょっと。
「だぁれもいねな」
右見て、左見て、また右見て。横断歩道を渡るみたいにあたりを見渡す男の子。誰私たち二人の他に人影がないのを確認すると、右ひざを立ててしゃがむ。いやいや、引いて開ける戸をガレージみたいに押し上げるとか、ありえないから。
「ばやんのおやきは持ったか」
リュックサックをたたく。ずっしりとした重みが伝わってきた。
なんでおばあちゃんが作ったって知ってるの?
「トマグチ!」
男の子がそうさけんだ瞬間。
くすんだ色のオンボロの木戸が、青白く光り始めた。ガタガタというシャッターがまき上がるような音とともに、ゆっくりと上に開いてゆく。
何これ? 魔法?
ひょっとしてこの向こうには中世ヨーロッパ? 中国の宮廷?
「希生、行かず」
男の子が手まねきする。あいかわらず小屋の中はまっくらで何も見えない。
でも、少なくとも、ここよりタイクツな場所ではなさそうだ。
「あなた、名前は?」
でも名前も知らない人についてくのもなぁ。
「名前、なぁ」
名前名前、とひとりごとをつぶやきながら男の子はあごをさすりながら上を向く。灰色の壁にかこまれた小さな空に、キラキラとかがやく太陽が見えた。
「マイトにしとくか」
そう言いながらキラは私の手首を力強くつかみ、まっくらな場所へと引っぱる。
これが私とマイトの、おやきをめぐる大冒険の始まりだった。
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