笑顔の牢屋②

 カレーのにおいで目がさめた。

 お昼ごはんは正午前に給食センターから運ばれる。それを職員がもりつけ、児童全員が輪になって食べる決まりになっている。

 私はそこには行かない。カレーがきらいなわけでも、給食費をケチってるわけでもない。

 毛布から右手をのばし、猫のイラスト入りのリュックサックをつかむ。チャックをひっぱり、白いビニールを引きずり出す。ちょうちょ結びをほどき、プラスチックのパックを取り出す。セロテープをちぎってふたを開けると緑色の物体が六つ、ぎっしりとつめこまれている。笹の葉っぱを一枚ずつ注意深くはがすと白くて焼き目のついたおまんじゅうのようなもの現れた。

 おやき。

 長野県、特に長野市がある県北部の郷土食。

 粉をねった皮の中に具材を入れて丸めて、焼いて食べるもの。

 ……雑な説明でしょ。でもそうとしか説明のしようがない。

 長野県は山だらけ、稲作向きの平野が少ない。だから昔の人は米の代わりにそばやおやきを食べた。

 けど今はご飯やパンがいくらでも手に入る。私だっておにぎりやサンドイッチのほうがいい。でもお母さんは仕事がいそがしく、私のお昼を作ってくれるのはしかいない。

 小麦粉を水でねった皮をのばし、真ん中に野菜を入れてつつむ。フライパンで両面に焼きめをつけてから蒸し器にかけて時間を節約するのが流のおやきだった。

 一口かじる。しっとり、もちもちした皮は冷めていても美味しい。そしてみその香りが鼻をついた。丸なすだった。

 何を入れてもいい、とは言っても私のおやきはいつも中身が同じだ。丸なす、野沢菜、切りぼし大根、ニラ、かぼちゃ、あんこ。たまにはカレーとかハンバーグとか入れてほしい。

 私は、あまりなすが得意じゃない。味は好きなのに、皮の食感がどうも。の作るなすのおやきは輪切りにした丸なすに信州みそをぬってから皮につつむので、かんだ瞬間に皮の歯ざわりが伝わってしまう。

 きざんだなすにしてくれれば食べられるのに。毎夜のようにに言うのだけど、次の朝持たされるのは輪切りのなすおやき。

 数だってそうだ。のおやきは大きい。コンビニのおにぎりくらいある。それが六つも。半日ゴロゴロしてるだけの五年生が食べきれるわけもない。それも次の日には忘れられている。

 私はもう、とっくにあきあきしていた。

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