第5話 ナカツノクニ
「リュウはリュウノクニから来る」
世界は一つではない。人の世界があるようにリュウノクニがあるのだと言う。
「基本的には二つの世界が交わることはないわ。けれど、時折重なる時がある。中には壁を越えられるだけの力を持った個体もいるけどね」
「その割には初めて見たな。噂にも聞いたことない」
「カラクリがあるのよ。二つの世界は表裏一体ではないの。間に通らなければならない道がある」
そこにリュウの脅威を知る人たちが仕掛けたと。
「便宜上、ナカツノクニと呼んでいるわ。二つの世界に比べるとあまりに小さいけれどね」
島国と思えば良いと彩菜は言う。
「多くはナカツノクニで止められるんだけど、たまに包囲網を抜けてしまう個体がいて」
人の世界に完全に完全に顕現する前に倒す必要がある。
被害はもちろん存在を知られることは避けなければならないかららしい。
「詳しくは研究者たちにでも聞いてちょうだい」
「彩菜は知らないのか」
「現場組は大雑把な理解で十分だもの。やることは変わらない」
どうやら、リュウは世界を渡る際、体と力は一緒には越えられないようだ。
先に力がいき、後から体が来る。両方揃うことを完全に顕現すると表すると。
「じゃあ、力をやれば殺せるってわけじゃ」
「いくらか削ぐことはできるけど、自然回復できる程度にしか削れないわ」
「そりゃあ良い」
「何がよ」
「いやいや、こっちの話」
彩菜たちの仲間になったとしてもリュウを殺す必要はなさそうだ。
「力が強い個体は単独で壁を越えられるけど、完全顕現までに時間がかかる。弱い個体は顕現までの時間は短いけど単独では越えられない。だから、リュウと対峙することは思ったよりは少ないんだけどね」
「へえ、じゃあ俺は運が良かったんだな」
「悪かったのよ」
「実は危なかったんだから。小さいけど機動力に長けた個体が一番危険なの」
監視員がよそ見していたせいでと愚痴をこぼす。
聞く限り大事な役目だろうによそ見してしまうのか。後、配置されている人員も少なそう。
「人手不足は常よ。狭いといっても世界レベルでの話で、人が見るには広大だし、どうしたって警戒度が低い地域もある」
今回のも場に慣れるため、新人を配置する場所だったらしい。
新人なら仕方がない……のだろうか。
いかんせん現場を知らないので何とも言えない。
「はい先生」
「誰が先生よ。……どうぞ」
「人手不足らしいけど、そもそもどうやって入るんだ? スカウトでもしてるのか?」
「スカウトもあるけど……うーん、面倒くさいことにね。リュウやナカツノクニはほとんどの人は見えないの」
「見えない?」
「壁って表現をしたでしょ。その壁を知覚できない。だから、触れられないし、当然越えられない」
「はー、そうなんだ」
「その中でも戦う力を持った人は限られてくるし、性格まで加味すると……ね?」
戦う力とは、彩菜が操っていた炎のことだろうか。
誰もが使えるとは思っていなかったが、思っていた以上に希少なようだ。
「せめて性格に沿った能力だったら良かったんだけど。臆病な子が周囲を凍らせる力を持ってもねえ」
「うーん、味方も巻き込まれそうな予感」
「実際そうなったわ。強力な力だからって無理強いをして、危うく彼女を人殺しにしかけた」
一時期少女の精神も不安定になってしまい、今でも尾を引いているとのこと。
まあ、トラウマにもなるだろう。
「上もその事件を重く見て適正を心がける様になった。人手不足は加速したけどね。でも、仕方がないわ」
「案外ホワイトなんだな。もっとブラックかと」
「人それぞれ理由はあるけど、ブラックにしたら破滅するのは目に見えてるからね」
「ふーん、正義心、もしくは義務感? 何にせよ偉いことだな。世界を守るために戦うなんて」
「……どうかな。そんな立派な考えの人なんて何人いるやら」
「そりゃ、ヒーロー願望とか破壊衝動とか、それこそ復讐とかもいるだろうけど、世界が守られているなら良いじゃないか」
きっとお金儲けにもなるのだろう。聞いた話だとそれなりの規模はあるようだし。
流石にお金の大切さがわからない歳ではない。金銭的メリットは存在するはずだ。
「少なくとも俺は感謝しようと思ったぜ」
「……そうなの?」
「守ってくれてありがとう」
彩菜の目を見てハッキリと告げる。
リュウへの感動とは別に彩菜への感銘もあった。
その彼女が人知れず守ってくれていたのだ。感激もする。
「……あ、ありがとう」
言われ慣れていないのか、彩菜は顔を赤らめ、モジモジしながらボソッと言う。
「でも、まさかそんな真面目な組織だったとはなあ。俺みたいなやつは門前払いくらいそう」
「言ったでしょ。人手不足だって。借りられるなら猫の手だって借りたいぐらいよ。性格は良くも悪くも使えそうだし、能力次第でどの部門にもいけるんじゃないかしら」
「良くも悪くもの中身が気になるけど、向いてそうってことだな」
となれば善は急げと言いたいが、
「ところでクラスって?」
部署をクラスって言うのだろうか。
彩菜は怪訝そうな顔をし、
「クラスはクラスよ。ナカツノクニ学園の」
「なーるほど、ナカツノクニ学園な。だから、クラスって話ね。ほーほー」
てっきり暴力装置みたいなのかと思っていた。確かに研究部門もあるらしいので変ではないか。
「……現場組って学生が主だったりする?」
「ええ、そうよ」
「もしかして、殉職率高いの?」
「何と比べるかによるけど、年に二桁ぐらいは。リュウの出現数にバラツキがあるからあれだけど」
思ったより少なかった。
学生が主戦力になる程ではないだろうに。
「辞める人が多いのか」
「うーん、機密事項もあるし残っている人の方が多いかしら」
「あれま、なのに主戦力は学生なのか」
「あー、そこに引っかかってたのね。ちゃんと理由があるのよ。能力は十代後半をピークに衰えていくのよ。だから、自然と現場組は若い人たちになる」
納得いったと頷く。
「と言っても後進の育成に努めたり、研究材料の入手役になったり、一番多いのは調査員かしら。結局どこも人手不足だから忙しいけど」
「ありがとう。なんとなくイメージできたわ」
「いえいえ」
彩菜は柔らかく笑い、
「それで答えは……って聞く必要はないか」
「俺みたいなやつでも良いなら、ぜひ」
「向いてるわよ、隆治みたいな人」
「良くも悪くも、だろ?」
彩菜はわかってるじゃないと笑う。
そして、ポケットから携帯を取り出し、
「ルーファス? 今年の推薦枠ってまだ空いてたわよね。……うん、私の分。……そう、使うことにした。丁度良いのがいたからね。…………うーん、多分大丈夫。変なやつだから。……うん、うん、はーい」
そこはかとなくバカにされた気分だ。
でも、推薦枠を持ってるなんて彩菜は凄いんだな。
「推薦しておいてあげたわ。一応、身元チェックがあるけど多分大丈夫でしょ」
「どこに出しても恥ずかしくない一般人だからな。むしろ、普通すぎてダメですって言われないか心配だ」
「それだけはないから大丈夫よ。リュウを美しいとか言う人なんて滅多にいないし」
彩菜の口ぶりにピンとくるものがあった。
「他にもいるのか」
「めざといわね。……ちょっと変わった子だけど、リュウのことを綺麗だって言ってたわ」
「ほうほう、話が合いそうだ。ぜひともお友達になりたいぜ」
「うーん、気難しい子だから」
「こう見えて人の懐に入るのが得意でな」
「割とそのままよ」
なぬっと驚く。
そんな評価されたことないのだが。
「……確かに隆治なら仲良くなれるかもね。期待してるわ」
「よくわからないが、期待に添えるよう頑張るわ」
「ただし、その子以外にリュウが美しいとかは基本的に口にしないように」
「えー」
不満を漏らしながらも予期していた。
学園の創立理由からしてリュウは敵でこそあれ、尊ぶものではあるまい。
「返事は?」
「はーい」
ドスの効いた声に素直に頷くのであった。
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