第3話 遭遇III

 気づいたら昼休みが終わり、午後の授業が始まっていた。

 午前中の記憶にはあまりない。今朝の出来事を考えていたら過ぎ去っていたのだ。

 あの龍は、少女は何なのか。

 対峙していたが、彼女らの関係はわからない。

 生活圏が被ってしまった故の対立など珍しくないからだ。

 証拠に少女の戦いぶりは処理するかの様に淡々としたものだった。敵対関係などではないことが伺える。


(もう一度会えないかなあ)


 空を駆る姿は優美にして壮大。

 はっきりと見えなかったため、色眼鏡で見ているかもしれないが。


(空を見上げれば、ほらそこに姿が)


 窓側の列の真ん中の席から空を伺うも雲が漂っているだけだ。

 よく見れば遠くで黒い点がある……カラスかな。

 外ばかり気にしているため、午前中はよく怒られた。

 それでも、気づけば視線は空へと引き寄せられる。


(早く終わらないかね)

 

 放課後になれば探しに行けるのに。


(……いっそ早退するか?)


 こめかみを左手でつつく。

 当てがあるわけでもないのに、日常を犠牲にするスタイルは良くない。

 どうやら、俺は一度夢中になると周りが見えなくなる傾向にあるらしい。

 自覚はないが昔からの友人は皆言うのでそうなのであろう。

 だからこそ、自重する意識が大事ーー、


「ん?」


 視界の端を紅色が掠った。

 慌てて外を見る。グラウンドでは体育をしている生徒たちが、歩道には井戸端会議をしている奥様方が、校門にはド派手な髪色をした少女が……。


「いたーっ!」


 思わず大声をあげてしまう。

 教室中の視線を集める。

 だが、そんなことはどうでも良かった。


「どうした柳瀬(やなせ)」


 当然のことながら古典教師の国広先生が何事かと聞いてくる。

 が、構っている暇はない。


「腹が痛いので早退します!」


 机の上の物を適当に鞄に詰め込み、


「お、おい! 何をーー」


 窓枠に足をかけ、飛び降りた。

 国広先生の声と、冬馬の靴どうするんだよとの声はすぐに小さくなる。

 二階程度の高さであれば下がコンクリートであっても支障はない。

 一応、人がいないのは見ていたので事故の確率も低い。

 よし、最低限の配慮は出来たな。


『できてねーよ』


 心の中の冬馬がツッコミを入れてくる。

 そこら辺は今後の課題として、校門に向けて走り出す。

 靴は冬馬が何とかしてくれる、多分。


「……え? もしかして、こっちに来てるの?」


 少女の困惑する声が耳に届く。

 確かに見ようによっては唯のストーカーか。

 まあ、彼女の方から来てるからセーフだろ。俺に会いに来たかは知らんが。


(悲鳴あげられたら土下座すれば良いや)

「うわ」


 どこからかドン引きしたと言わんばかりの声が聞こえる。


「よっ、お待たせ」


 とりあえず周りにいる人たちに誤解されぬ様、知り合いの雰囲気を出す。


「人違いです」


 一歩身を引き、はっきりと否定してくる少女。

 完全に不審者を見る目をしている。


「またまた、朝会ったじゃないか」

「っ! やっぱり、覚えて……」

「そりゃ、あんな刺激的なこと忘れるわけないだろ?」


 忘れん坊として名を馳せている俺でもだ。

 夢だと自分に言い聞かせる人はいるだろうが。


「それに、よくわからないけど首に何か打ち込んだだろ? 意識飛んだけど、ヤバい薬とか出ないよね?」


 冗談まじりに話すが半分本気だ。

 バカになったらどうしよう。


「……そう、見えてたのね」

「可憐な笑顔でそれかよってびっくりしたからね」

「か、可憐って」


 微妙な反応だった。チャラかったか。

 嘘は言ってないんだけど。


「妙な煽てはやめてよね。……まあ、いいわ。朝のことを知りたいの?」

「イエス」

「貴方、家族は?」


 何故いきなり家族について。

 ……はっ!


「息子さんをくださいって挨拶をーー」

「誰がするか!」

「それ以外、理由が思いつかなくて」

「貴方バカなの?」

「もしかしたら、朝の後遺症かも」

「うん、生まれつきね」


 少女はため息を吐き、


「はあ、とりあえず場所を変えるわ」


 そう言って俺の後ろを睨む。

 振り向くと数人のクラスメイトが囃し立てている……気がする。

 やっぱり、目が良いんだなと感嘆しつつ、少女の背を追うのだった。


「……靴、履き替えてきなさいよ」

「はーい」


 

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