第2話 遭遇II

 公園のベンチで目を覚ます。

 寝ぼけ眼をこすり、周囲の様子を確認する。

 現場からはさほど離れていない。あれだけ破壊された住宅街は元のままなのがわかる。


「夢?」


 普通に考えれば夢だろう。

 たまたま早起きをした故に、眠気に誘われた俺は公園で居眠りをすることに。


「全然、記憶にないけどな」


 覚えているのは少女と龍のみ。


(いや、待てよ)


 冷静になったところで今一度己に問う。

 あれは“龍”だったのかと。

 異質な存在なのは少女と共に確定で良いが、朧げな陽炎でしかないあれは……。


「……龍」


 空を仰ぐ。

 青いキャンパスを真っ白な雲が流れていく。

 はたと気づく。


「そういえば、変な色だったな」


 早朝にも関わらず、空はくすんだオレンジ色をしていた。

 道が途絶えていたこともあるし、別次元だったと考えるのが妥当か。

 非現実的すぎて逆に迷いがない。

 世界には俺程度では計り知れないことが沢山あるのだろう。

 その一端に触れたことに気分が高揚する。


「っと、学校学校」


 携帯で時刻を確認する。

 折角、早めに出たというのに間に合うかどうか微妙ではないか。


(時間軸はズレていないのかね)


 どれほど寝ていたのかわからないため、答えを得ることはできない。

 脳の片隅に追いやり、軽く柔軟してから走り出す。

 高揚もあってか足が軽い。速度も出る。

 あっという間に住宅街を抜け、いつもの通学路に合流する。


「おっ、隆治(りゅうじ)」


 プリン頭の男子生徒が声をかけてくる。


「おはー」


 男の名は宮地冬馬(みやじとうま)。

 小、中、高と同じ学校に通う悪友だ。


「登校中に会うなんて珍しいな」

「今日は珍しく早起きしたんでね」


 それは確かに珍しいと冬馬は笑う。

 見た目と違って冬馬は優等生で、普段はギリギリな俺と会うことはない。


「でも、その割には走ってなかったか?」

「バカめ、瀬戸際でもないのに走ってるんだぞ」

「それもそうか。頑張れば間に合う時ですら走らないもんな」

「わかればよろしい」

「何故に偉そう」


 偉いからなとあえて尊大に振る舞う。

 冬馬は苦笑しながら、それはとんだ失礼をと下手に出てくれる。


「そういえば、夏休みだけどさ」

「まだ一カ月はあるぞ?」


 夢のある話をしようと思ったのに、冬馬はツレナイ反応をする。


「それに、その前にテストもあるしな。中間試験芳しくなかったんだろ?」

「テスト? ナニソレ、タベラレル?」

「片言で話すなや」

「やめてくれ……。動悸が……」

「健康優良児が言ってら」

「せめて、可愛い幼馴染に言われたかった。プリンに言われるなんて」

「プリン言うな」

「いって!」


 お尻を蹴られる。

 どうやら気にしているようだ。なら、染め直せば良いのに。


「やってみればわかるけど、まあめんどくさいのよ」

「じゃあ、黒に戻したら良いじゃん」

「わからないかなあ。この複雑な感情」


 芝居がかった言動に対し、知らんわと蹴りをお返しする。


「そもそも、何で染めたんだよ」

「……色々あるんだよ、男の子には」


 俺も男の子なんだが。

 カッコつけか、カッコつけなのか。

 でも、正直な話、似合っていない。カッコ良さはむしろ下がっている。


「なんだよ、その目は。テストの話するぞ、こら」

「やめてくれ。その話は俺に効く」

「……まあ、最低限はやるんだろうけどさ。いざって時のために内申点は取っておいた方が良いぜ。大学受験は高校のとは別物だからな。ま、姉貴曰くだけど」


 冬馬の姉ーー宮地夏美(みやじなつみ)さんは今年から大学生だ。


「それはわかってるけど、やる気出ないんだよなあ。やったところで大した点数取れないだろうけど」


 勉学への興味がない以前に地頭も良くない。

 ……尚更、真面目にやれって話だ。


「そんなことないと思うけどなあ」

「冬馬ぐらいだよ。俺を過大評価してくれるのは」

「あんま自分で自分を下げるなよ。癖になるぞ」

「……肝に銘じる」


 不思議なことに冬馬は俺を買ってくれている。

 そのため、時折厳しい言葉をぶつけてくれるのだ。

 ありがたい友人を持ったものだと改めて思う。

 ……プリン頭だが。


「おいコラ、どこ見てんだ」

「染め直せよ」

「よし、試験範囲の確認から行くぞ」

「うは、急に走りたくなったぞー!」

「待ちやがれ!」


 駆け出した俺を冬馬が追いかける構図は下駄箱まで続くのだった。

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