リュウノクニ

@kabakaba

第1話 遭遇I

 いつもと変わらない普通の日だった。

 ただ違ったのは気まぐれを起こしたことだけ。

 少し早く目覚め、パンではなく米を食べ、右足から靴を履き、遠回りになる通学路を選んだ。

 清々しい朝だったから、気分転換がてらに違う景色を見たくなった。


(ーー確かに見たことのない景色だけどさ)


 心の中で呟く。

 嵐のような豪風にささやかにセットした髪は乱れまくる。

 耳をつんざく轟音で陽気な鳥たちの声は聞こえない。

 

「っ!?」


 飛来してきた何かを咄嗟に避ける。

 一瞬遅れて鈍い音が耳に届き、恐る恐る振り向くと刃物らしき物がコンクリートの壁に突き刺さっていた。


(に、逃げないと!)


 身の危険を感じたことで麻痺していた脳が動き出す。


 ーー殺し合いだ。


 目の前で行われている行為はそうとしか考えられなかった。

 それが陽炎の様に不確かな生き物と同じ年頃の少女のやり合いだとしても。

 幸い、足は動いた。恐怖を感じることすら出来ていないのかもしれない。

 だが、


「道が……」


 来た道を戻ろうとするもそこには何もなかった。

 閑静な住宅街は一定の範囲を除いて切り離されたかのように。

 辺りを見回す。身を隠す場所といえば精々電柱の影くらいだろう。

 心許ないことこの上ないが身を潜める。

 体を低くし、前方で行われている殺し合いを見守る。


 マグマを彷彿とさせる紅色の髪を靡かせ、少女は空を駆ける。

 その動きは明らかに常人離れしており、携えている剣を敵へと穿つ。

 対峙している陽炎は……巨大な蛇、だろうか。


「……いや、違う」


 見えないながらも伝わってくる圧迫感。

 空を我が物としている壮大さ。

 物語の中でしか見たことのない幻想種ーー龍だ。


「美しい……」


 気づけば立ち上がり、隠れることも忘れ、空を仰いでいた。

 あいも変わらず姿は見えない。

 少女の動きだって追えない。

 なのに、目を離すことができなかった。

 少女と陽炎が描く軌跡を。


「っ!?」


 龍の攻撃を交わすため、反転して一度距離を取った少女と目が合う。

 動きだけでなく、視力も良いのだろう。

 電柱の横に立っているだけの俺に気付いたようだ。


「人……!? 何でっ!」


 何かを言っているが生憎声は届かない。


「くっ……!」


 少女は今一度陽炎と向き合い、得物を天高く掲げる。

 刀身が陽炎に照らされ、鈍く、紅く、輝く。

 次の瞬間、剣は巨大な炎に包まれ、火柱と化す。

 龍が咆哮を上げる。

 揺らめき、ノイズが走っていた姿がゆっくりと鮮明になりーー。


「はあああああっ!」


 少女の叫び声と共に振るわれた紅蓮の剣を一振り、龍は縦に引き裂かれ、断末魔もなく消えていく。

 その姿は見方によれば哀れだったかもしれない。


「はあはあはあ……」


 地上へと帰還した少女は肩で息をする。

 先程の技は酷く体力を消耗するようだ。


「貴方」


 息を整えた少女が近づいてくる。

 それに合わせて顔がはっきりとわかる。

 幼さの残る容姿は可愛さと美しさを兼ね備え、燃える様な瞳は意志の強さを現していた。


「…………」


 今し方、目の前で起こった非日常に、少女の完成された不完全さに言葉が出てこない。

 少女はジロジロと見定める様に俺のことを観察している。


「同業者、じゃないわよね」


 頷く。

 言葉は出なくともその程度はできた。


「そっか……。じゃあ、迷い人かしら」


 少女はブツブツと呟く。

 迷い人、それが何を意味するかわからない。


「まあ良いか。同業者じゃないなら」


 考えるのに疲れたのか、晴れやかな顔で手を叩く。


「えっと、持病とかある? 貧血とか、骨粗しょう症とか」


 首を横に振る。

 少女はうんうんと嬉しそうに頷き、


「じゃあ、少しぐらい乱暴しても大丈夫ね」

「……はい?」


 間抜けな声を上げたと同時に衝撃が走り、意識が薄れていく。

 最後に見たのは誰かに連絡を取る少女の姿だった。

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