第7話 ミズカ様に癒される

 掌から白く優しい光が放たれ、アシットの足を包み込んだ。赤く腫れていた皮膚がみるみる元の色へと戻っていき、痛みも治まっていく。

 その魔法の光に、彼女の白くきめこまかい肌が更に白く照らされている。その横顔にアシットは思わず吸い込まれそうになった。

 鼓動の音も聞こえてしまいそうな距離にあの大賢者ミズカがいて、自分の怪我を治癒してくれている。これが現実だと俄かには信じられない。


「…………」


 夢見心地で王都の華とも呼ばれる才媛に見蕩れていたアシットを、現実に引き戻したのもまた彼女だった。


「まったく。勝手にヤケドしておきながら、原因は私の過失にあるとかなんとか難癖つけてきて。とんだ当たり屋に出くわしたものだわ」


 立ち上がり、地についていた衣の裾をパタパタ払いながら、ミズカはぼやいた。

 アシットは我に帰った。己は受けた仕打ちを忘れて、何ボンヤリしていたんだ。頭を整理して、控えめに言葉を返す。


「……過失というより、完全に害意があっての攻撃だったと判断していますが」


 もちろんミズカに耳を貸す様子はない。

 座り込んでいるアシットを、微かに口角を緩めて見下ろした。


「それにしても熱した石コロに焼かれる姿はなかなか傑作だったわよ。あれが本当の石焼きイモね」

「『あれが本当の』の意味がわからないんですけど。俺がイモ野郎だってことですか」


 一応抗弁はしてみるが、もちろんこれも聞き入れてもらえない。


「ところで、貴方は岩の上で座りながら寝る習性があるの?」

「いえ、寝ていたわけではなく、坐禅を組んでて……」

「坐禅? 何のために?」

「……精神を統一して、感覚を研ぎすませるというか」

「あんな至近距離まで接近されてるのに気が付かずに、感覚を研ぎすますもヘッタクレも無いと思うのだけど。こっちは気配を消してもいなかったのに」

「うっ……」


 昨日に続いての失態を詰られ、返す言葉が出てこない。


「こっちがその気になれば何でもできるほど無防備だったわよ。顔に落書きするとか、頭に生魚を乗せるとか、目の前で裸になるとか」

「えっ?」


 思わず聞き返す。

 彼女を知る者全てから高嶺の花と見られているであろう美貌の大賢者の口から、とんでもない言葉が出てきたような気がする。


「ま、そのうちのどれかは実際にやっているかもしれないけどね」

「ファ!?」


 アシットは変な声を発し、焦って己の頭と顔を手で触ってみる。落書きはわからないが、少なくとも生魚は乗っかっていない。


「そんなことはさておいて」


 散々惑わせておきながら、ミズカは軽口はそこまでとばかりに、冷たく厳しい目つきをアシットに向けた。


「ここにいる筈のない貴方が、どうして能天気に坐禅なんて組んでいたわけ? 刑を執行する前に、申し開きがあれば一応聞くけど?」


 足を焼き、土下座まで要求したことに関しては刑罰ではなかったらしい。

 アシットは恐怖を感じたが、それをどうにか振り払い、立ち上がってミズカを真っ直ぐに見据えた。


「何よ?」

「俺は……」


 グッと唾を飲み込み、思いの丈を口にする。


「……俺は、勇者の仲間、パーティの前衛担当、武闘家アシットです!」


 決意に溢れる表情のアシットに、少し目を丸くするミズカ。二人の間に沈黙が流れる。

 川のせせらぎや、草木の擦れる音がしばし際立つ。

 アシットは必死の思いだった。己より遥かに高位者である大賢者に対して、その意に背くおこがましい発言であることは理解している。でもこの決意は伝えなくてはならない。

 普段は切れ長の眼を見開いた表情のまま、ミズカはポツリと尋ねた。


「貴方……本気なの?」

「……はい!」


 力強く答える。迷いはなかった。迷いがあってはこの決意は届かない。

 ミズカの表情が驚きから別の感情を現すものへと徐々に変わっていく。

 見開いた目はいつもの切れ長に戻り、ポカンとしていた口は一文字に結ばれ、僅かに眉根を寄せた——呆れ顔へと。


「……そんな、現実から逃げていた思春期の少年が、それじゃダメだとついに決意したみたいな感じの宣言をされても。薄ら寒くて耐えられないんだけど」


 迷いがなくても届いてはいなかった。


「一応言っておくけど、昨日伝えたことはお願いとかではなくて命令よ。そんな寝言戯言世迷言ねごとざれごとよまいごとの類を口走って反逆しようとはいい度胸ね」


 そう言うと、またおもむろに杖を向けてきた。取り立てて殺気を放つことはないが、アシットははっきり生命の危機を感じた。


「き、聞いてください!」

「問答無用とも言った筈だけど?」


 先端の宝玉が、再び赤い光を帯びていく。

 まさか、さっきの魔法を今度は直接自分に——

 アシットは戦慄しながらも、何とか声を上げた。


「お、俺は強くなります!」

「……?」


 ミズカは軽く首を傾げた。

 まだ魔法を発動していないが、宝玉に満ちた光に照らされ、アシットの顔は赤く燃えているようだった。

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