第3話 ミズカ様から戦力外通告を受ける
しばし脳内が空白になる。
今何を言われたのか? 理解するのにアシットは少々の時間を要した。
王都が誇る美貌の才媛、大賢者ミズカ=フラムメントはその間微動だにせず、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめ続けている。
「……えーと、蒸発というのは、その……?」
かろうじて口を開き、掠れる声を出した。
ミズカはいたって平然と答える。
「ん、知らない? 人がある日突然行方をくらまして、消息を絶つことを蒸発と言うのよ」
「それは知ってますが……俺に蒸発してほしいって仰ったように聞こえたんですが」
「そう聞こえるのは当然でしょうね。なぜならそう言ったんだもの」
どこまでも澄んだ蒼い瞳を逸らすことなく、ごく当たり前の理を説かれ、アシットは大いに面食らう。
「あの、それはその……俺に、消息を絶ってほしいという、意味でしょうか?」
「そうよ。決まってるじゃない」
「決まってる……? 一体どうして?」
「どうして?」
「どうして俺が蒸発しなければならないんですか?
「できれば何も聞かずに行方をくらましてほしいところなんだけど」
「いや、そんなわけには……」
言葉を交わすうちに少しずつ思考力が戻ってきたアシットは、ここでハッと思い当たったことがあった。
「……もしかして! 何か作戦があって別行動を取れってことですか? 魔王軍の
「ううん。全然違う」
途端に勢い込んだが、すぐに消沈させられてしまう。
「それじゃあ、一体どうして?」
再度の問い掛けを、ミズカは軽いため息で迎えた。
「なかなか率直に言いづらいので察してもらいたいところなんだけど……貴方が『あ』から始まる六文字だからよ」
「『あ』から始まる六文字?」
問題を出されたような形になり、しばし考える。
「えーっと……『
「違う。貴方はどちらかといえば人畜無害な面白みのない面構えをしているわ」
「無意味に傷つくことを言われた気がするんですが……」
他に該当する言葉はあるだろうかと頭を巡らす。
「もしかして……『甘えん坊』ですか? 確かにいくつになっても甘えん坊なところは否めませんが」
「そんなこと知らないけど、違うわ」
「それじゃあ『熱き血潮』?」
「尚更知らないわよ。貴方の中にそれが湧き立っていようがいまいがどうでも良いし」
「えー、じゃあ何だろう? あ……あ……『アジテーター』『悪鬼羅刹』……」
「『足手まとい』よ」
ここに現れてから初めて、ミズカは気持ち強めの語気で言葉を発した。
そのことへの驚きも相俟って、アシットはまた一瞬思考を失いかけたが、今度はさほど時間をかけずに言われたことを理解する。
「……えええっ!? 俺が足手まとい!?」
愕然。勇者パーティの最古参であり、常に前衛として身体を張って戦ってきた自負のある彼にとって非常にショッキングな六文字だった。
ミズカは軽くため息をついた。
「やはり自覚していないようね」
「え、だって、俺そんなこと言われたこと一度も……」
「勇者様はじめパーティの連中はお人好しだから。言いたくても言えなかったのでしょうね」
「いや、そんなこと……」
「そんなことあるわ。現実を見なさい。勇者一行の中で貴方一人だけ群を抜いて弱いの」
指を差してハッキリ明言すると、そのまま立て板に水を流すごとく続ける。
「みんな強力な武器や魔法、多様なスキルを駆使して戦っている中、貴方だけ肉弾戦オンリー。最長射程はその短足一本分、最大火力はさっきの雑魚モンスターすら一撃で倒せないほど貧弱。ろくな防具も装備できないから守備力も紙。そのくせやる気だけはある脳筋だからすぐに相手に突っ込んでいって勝手にピンチになる。こんな輩を足手まといと言わずにどう表現できるの?」
アシットは顔面蒼白、何か言い返すどころか、あまりの衝撃と屈辱に、膝が震えそうなのを抑えるのが精一杯だった。
そんな様子を見ても止まることなく、ミズカの口上はますます滑らかになっていく。
「魔法も特殊攻撃も使えない。物理攻撃の使い手としては戦士や勇者様に遥かに劣る。他の仲間は弱っちい貴方をフォローしなければならず余計な仕事が増える。貴方はパーティにとって無益どころか有害な存在なの」
言葉の
そんな様子を見て、ミズカは軽く息をついた。
「私だって、まがりなりにも同じパーティの一員として、仲間にこんな宣告をしなければならないなんて、多少なりとも葛藤はあるのよ」
「ミズカさん……」
「でも敢えて心を鬼にして言うわ。今すぐ蒸発して。消え失せて。存在そのものが目障りなのよこのウスノロ」
「本当に葛藤なんてあるんでしょうか……」
さらに苛烈な口撃を浴び、震える膝は今にも崩折れそうだ。
しかし何とか気力を振り絞り、アシットは反駁する。
「で、でも、これまで戦って……戦い抜いてこれたわけで……」
「それは貴方以外の仲間たちの能力と努力のおかげ。これまではお荷物がいてもやってこれたかもしれないけど、次はまったく次元が異なる戦いになる。とても貴方を守りながらなんて戦えない。貴方は必ず死ぬことになる。いや、それどころか」
ここでまた一呼吸つき、一際冷徹な目を向けてくる。
「貴方という足手まといがいるために、誰か他の仲間が死ぬことになる」
「!!」
散々刺され続けたが、この一言がアシットを最も深く鋭く貫いた。ゆっくりと膝から落ちてゆく。
膝立ちとなった武闘家の姿を睥睨するミズカの美しい顔立ち。その眼差しは氷のようだった。美しく冷たい表情を動かさぬままもう一度こちらを指差してくる。
「貴方はもう戦力外なの」
白魚のように綺麗な指だなあと、アシットは場違いな感慨で見つめていた。
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