第12話 暗躍

「それはどういうことだ」

 父が聞いてくる。

「どういうことだも何も、ヒーロスとオーヒトスがそれで納得するわけないでしょう」

 少し考えれば、分かることだ。あの贅沢三昧をしている豚がイリアが当主で納得するはずがない。

「まあ、あの二人はオーヒトスを当主にしたいだろうな。あの贅沢な暮らしをした後には、普通の生活には戻れまい」

「そういうこと」

 あの二人が普通に戻れるとしたら、それは奇跡が起こらないといけない。

 そもそも奇跡とは、めったに起きないから奇跡と呼ばれているのだ。

「だがそれではどうする。先代当主の遺言は絶対であろう」

「あるではないですか。それを覆す方法が」

「・・・決闘か!」

「ええ、その通り」

 決闘、それは法で定められている神聖な儀式。

 何か納得がいかなかったとき、自分たちの決着と、第三者の意見が合致した場合、賭けられたものは、勝者のものになる。そういうものだ。

「確かに決闘ならわしの意思など意味をなさないが、彼は勝てるのか?貴族の当主争いなどは、領民の意見があるだろう?」

「まあ、それは秘策でもあるのでしょう」

 わいろでも送って自分に投票させるとかな。

「それでレイ、君は何がしたい」

 どうやら俺が何か言いたいのはお見透視のようだ。

「遺言状から俺の名前を消してください」


 私は最初、レイが何を言っているのか分からなかった。

 自分の名前を消してくれ?辺境伯の次期当主になれるかもしれないのだぞ?

「何故、何故だ!時期辺境伯になれるのだぞ!こんな名誉を捨ててもいいというのか!?」

 辺境伯だぞ?上から数えたほうが早いほどの爵位だ。

 金も名誉もほとんど思いのままになる。

「辺境伯と言っても、書類仕事に貴族同士の付き合い、トラブルの対処。面倒くさいだけではないですか。そんな面倒事、俺はやりたくありませんよ」

「だが、辺境伯だぞ。金はいい額入ってくるぞ」

「金は稼ごうと思えばいくらでも稼げるんでね。別に金に執着はないですよ」

「何を言っている?そんなわけあるわけがないだろ」

 金を稼ぐのには定職に就くのは一番だ。たまに冒険者などで一攫千金をしている奴らもいるが・・・

「待て、レイ。今日の昼間、何をしていた」

「察しがいいですね。想像通りです。冒険者登録をしてきました」

 想像通りらしい。ん、想像通り?

「何故私の考えていることが分かった」

「ちょっと考えればわかりますよ」

 彼はもう私が知っている臆病なレイではなくなっている。息子の成長がこんなにもうれしいとはな。この年になるまで知らなかった。

「いいだろう。遺言状から名前を消しておこう」

「「アステニア様!?」」

「どうした?何か驚くことがあったか?」

「彼はここまで成長されたのでしょう?なぜそれを手放すというのですか?」

 ユペイロたちはレイを領主にしたいようだ。

 それはそうだろう。ここまで成長した彼を手放すのはもったいなさすぎる。

「逆に聞くがユペイロ。レイをこの領地に引き留めておけると思うか?」

「そんなこと、ここの領主にしてしまえば・・・」

「お前の考えている通りだろう。おそらく無理だ」

「では、俺が力で倒した後に服従させるというのは?」

「イポーレス、君はレイに勝てるか?」

「こんな覇気のない奴には勝てますよ」

 いや、それは考えが甘い。

「おそらく無理だろう」

「何だと!?」

「イポーレス、落ち着いてください」

 ユペイロが止めてくれた。

「では、戦ってみるといい。このまま訓練場に移動しよう」

 こうして私たちは、訓練場に移動することになった。


 俺は今、訓練場にいる。

 俺の5メートルほど前にはここの領地の騎士団長とかいう奴が立っている。

 ただの言いがかりで戦うことになった。

「俺は、シーノア領軍騎士団長、イポーレス。いざ尋常に勝負!」

 正直、面倒だ

 審判は、執事長がやるようだ。

「審判は、私、ユペイロが務めさせていただきます。それでは、「ちょっと待ってくれ」・・・何でしょうか」

 なんか呆れられたようだ。

「模擬戦用の武器をくれ」

「「なっ!?」」

 二人は、顎が外れそうになるぐらい驚いた。

「今、模擬戦用の武器と言ったか?」

「ん?ああ、そう言ったぞ」

 何がおかしいんだ?

「この私を相手にして、模擬戦用の武器だと?いいだろう。その傲慢、貴様の命で贖え!」

 なるほど、手を抜かれていると思ったわけか。

「レイ様、悪いことは言いませぬ。ぜひご自身の武器をお使いください」

「いや、いい。模擬戦用の長剣をくれ」

 あの刀を使うと、騎士団長とやらを殺してしまう可能性がある。

「分かりました。では、こちらをお使いください」

 そうして、ユペイロから投げられたのは、刃がつぶされている以外は何の変哲もない普通の長剣だ。

「本当にそれでいいんだな?死んでから後悔するなよ?」

 そうして、騎士団長とやらは、背中の鞘から大剣を抜く。

「それでは、始め!」


 今回、イポーレスが使っているような大剣は重量が大きいのが特徴だ。

 その重さを使い、斬るというよりも叩き折るような攻撃になる。

 そのため、一撃の破壊力は高いが、攻撃の直前と直後には大きな隙が出来る。

 今回、イポーレスは走りながら前かがみになり、大剣を肩に担ぐように構えた。

 この場合は、振り下ろしだろう。イポーレスは体もでかい。その筋肉を存分に使って振り下ろし、防御しようとした俺の剣ごと破壊するつもりなのだろう。

 だがそれなら、受けなければいいだけのこと。

 そこで逆に俺から前に出る。全速力では走らない。そんなことをすれば、イポーレスが対応する前に決着がついてしまう。なのでイポーレスと同じぐらいの速さで走る。

 すると、大体中間ぐらいでぶつかる。

 イポーレスは俺が自ら向かっていったことに驚いたようだ。

 しかしその驚きは決して小さくない隙になってしまう。

 実際にイポーレスは、大剣の間合いに俺が入った瞬間に飛び上がることができなかった。最善な振り下ろしにはならないだろう。

 しかし、振り下ろしをするときに飛び上がると、振り下ろす勢いと落下速度が合算されることになる。

 この一撃の威力は決して小さくはない。そう、相手が俺でなければ。

 そして、人間の体はどうしても着地すると次の行動までに時間がかかる。

 この時に、ずれによる誤差と、着地時における硬直時間が重なってしまう。十分なすきる隙だ。

 振り下ろしの大剣を左にかわしながら駆けていく。そうすると、イポーレスは大剣を振り下ろした姿勢のまま、俺に背を向けていることになる。

 彼は今、絶望しているだろう。動きにくい時に俺が右後ろにいるのだ。

 そして俺は、無慈悲にも剣を振るのだった。

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