第11話 アステニア

 私、アステニアには後悔があった。

 当時付き合っていた彼女、トレイヌを捨てて、父に進められた縁談を受けてしまったことだ。そして結婚したのが、ヒーロスである。

 トレイヌには、私が当主になったときに第二婦人になってもらったが、それが気に入らなかったヒーロスによるいじめと、もともとの体の弱さもあって、第二子を生んですぐに、亡くなってしまった。

 そして第一子のレイは人生に絶望し、第二子のイリアは人間不信に陥ってしまった。そんなイリアが話すのは、レイだけである。

 しかし、私は今日の夕食時に衝撃を受けた。

 それは、食堂に入って来た時のレイを見た時からだ。

 昔のレイは、もっと髪を伸ばし、いつも自分とイリアを守るために卑屈な笑みを浮かべていた。

 だが、先ほど見たレイの姿は、髪を切り、自信に満ち溢れたものであった。

 そして、彼のトレイヌから受け継いだ青と赤の瞳には、燦々と強烈なまでに意思の光が輝いていた。

 そして、レイがオーヒオスに言い返した時、レイは、もう私の知っているレイではなくなっていたと悟った。

 今までのレイならば、確実にオーヒオスに従っていたはずである。

 決して言い返すことなどなかった。

 この成長を喜べばいいのか、悲しめばよいのか、この時はわからなかった。

 そして、オーヒオスが言ったことで気が付いたが、レイの服が変わっている。

 それも、王族ですら手に入れることができるか怪しいほどの服にだ。

 オーヒオスのほうは、この服の価値を正確に分かっていないようだったが。


「ユペイロ、君は、ゴホゴホ、レイをどう見た」

 私は、ベットの横に立っているユペイロに尋ねる。

「アステニア様。無理をなさらず、お休みになってください」

「良いんだ、ユペイロ。私はもう長くはない。それで、ゴホ、君はレイをどう見た」

「そうですね、彼は昔のような小心者ではなくなっていました。彼の服を見たでしょう。あの服は、魔力の多くある秘境でしか取れないスパニ繊維が使われていました。あの服を着れるほど、彼には自信がついていた。自信をつけるのは、そう簡単ではありません。とくに彼のような場合は」

「確かにそう、ゴホ、だな」

「しかし彼は自信をつけた。つまり彼にほかの人よりも突出して優れたものが出来たのでしょう。ではその優れたものとは何か、なんだと思います?アステニア様」

「そうだな、普通に考えると、ゴホ、あのレイが身に着けられる優れたもの、ゴホ、か、治世能力か交渉能力、ゴホ、ゴホ、あるいはこの家から出て生きていく方法でも見つけたのか、それぐらいしか、ゴホ、思い浮かばんな」

「アステニア様、最も簡単なものですよ。私は、レイ様を見た瞬間分かりました」

「最も簡単なもの?・・、ゴホ、・なんだ?」

「簡単でございます。レイ様は強くなられた。」

「強くなった?レイがか?」

「ええ、アステニア様には分からなかったかもしれませんが、レイ様はすさまじく強くなっておられました。一目で理解させられました。私では勝負にすらならないでしょう」

「そんなにか」

 ここで口を開いたのは、我がシーモアの騎士団長、イポーレスだ。

 彼には護衛としてベットのそばに言いいてもらっている。

 彼は、普通のCランクパーティーを倒すことができるほどの実力を持っている。

 ユペイロも、Eランクパーティーを倒すことができるほどの実力を持っている。

「ええ、それほどですよ。今の彼にイポーレスが挑んだとしても、数秒と持たないでしょう」

「それはすさまじいな」

「そうか、そうか。レイもそれほどになったか。これで我が家も万態だな。イリアは政治能力に優れ、レイも武力を得たか。ははは、トレイヌと私の間の子供は、才能豊かだな。これならいつ死んでも大丈夫だろう。遺言書は保管してあるな?」

「アステニア様、あまりそういうことを仰らぬよう、病は気からと申します」

「いや、私の寿命は残り少ないだろう。今夜すら超えられるか怪しいしな。しっかり遺言状は保管しているな」

「はい、しっかり保管されています。レイ様とイリア様を次期当主とすると書いて。保管場所を知っているのは、アステニア様、私、そしてイポーレスだけです」

 これなら大丈夫だろう。私の跡継ぎを心配する必要はなさそうだ。


「ねえ、それなんだけどさ、絶対面倒なことになるよ」

 そこで聞こえるはずのない声が、一陣の風と共に聞こえてくる。

 私たちが驚いて、声のしたほうを向くと、満月を背景にベットの横の窓枠に乗り、幻想的な風景を醸し出しているレイがいた。

 イポーレスですら驚いているところを見ると、彼にすら気配を察知させなかったらしい。

「イポーレス。本当に気づかなかったので?」

「あ、ああ。全然気配を感じなかった」

 イポーレスとユペイロの会話通りならレイはすごいな。イポーレスすら欺くとは。

「面倒なことになるとはどういうことだ」

 私は内心の動揺を隠してレイに問いかけた。

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