33

 軍用車両に到着し、私とブリッツは座席にたおれた。


 肩をくみながらあるくのって、かなり体力をつかうな……。

 吐息がぜぇぜぇと、あらくなる。それはブリッツもおなじだった。


「ブリッツ……大丈夫?」

 ブリッツの様子はあきらかにへんだった。

 顔からどんどん色がきえている。


「大事ないといったが……これは一大事かもしれぬ」

 まって、一大事って……。


「ちょっと、そんなことをいわないでよ……」

 私は唇をかんだ。


「春姫……たのむから、泣かないでくれ……」

 そういって、私の涙をぬぐってくれる。

 だけども、つぎからつぎへとあふれてくるのだ。


「かえろうよブリッツ」

 ブリッツの顔は、そっと首をふる。

 ふたたび私の頬をなでたその手からは、ぬくもりをかんじられなかった。


「みんなといっしょに警視庁の地下にかえろよ。そしてまた、雑用したり、なにかをたべたりしようよ。そして、たまにはそとにでて、カフェでケーキでも……」


 嗚咽まじりにいう。

 イヤな予感に圧迫され、私はいまにもこわれてしまいそうだった。

 そんな私をみて、彼女はそっと頭をなでてくれる。とてもやさしい手つきだ。


「春姫……」

 ブリッツはなにをおもったのか、かかえていたダンボールをひらいた。

 そこには、いかつい装飾がついたグローブがはいっていた。


「もしや……」

 ブリッツはそうつぶやき、私に手をだすよううながす。

「な、なにを……」


 私の声にはこたえず、ブリッツはただ私の両手にグローブをはめていった。

 手がうごかない私にとって、それは意味のあるものなのかはわからない。


「生きてくれ……春姫」

 ブリッツの目がするどくなった。

「生きて生きて、しあわせになってくれ」


「……ブリッツまでそんなことをいわないでよ!」


 姉のことをおもいだす。姉もさいごにそんなことをいいのこした。


「ブリッツがいなきゃ、私はしあわせじゃない! 私にはブリッツが必要なの! ねぇ、ブリッツ……ブリッツまでいなくならないでよ……ブリッツ、ブリッツ……」


「ありがとう……我のために泣いてくれて」


 ブリッツの手がゆっくりとおち、バタッと音をたてる。


「ありがとう……我を愛してくれて……」


 その言葉をいったきり、彼女は目をとじたままうごかなくなった。


「……」


 もはや涙もながれなかった。しずかにたちあがって、自分の手を凝視する。

 ブリッツにつけてもらったグローブが、手にフィットしていた。

 うん、この装飾、もしや……。


 ハッハッハッ! ハッハッハッ! ――たかわらいがきこえてくる。

 どうやら、あいつがこちらにむかってきているらしい。


「見ぃつけたぁッ!」

 ひらいた扉から、師匠が顔をのぞかせた。


「ハッハッハッ。なにしょぼくれた顔をしてんだぁ?」

 師匠の視線がたおれている、ブリッツへむかう。

 さらに師匠の口角があがる。


「なぁんだ、こいつも死んじまったのか。そりゃ残念だったな」

 師匠は自分の顔面をおもいっきり、私にちかづけた。


「残念だったな。カノジョが死んで」

 師匠はふきだし、腹をかかえてゲラゲラと声をあげる。


 わらいすぎて、そのまま、師匠は床にたおれる。

 床にたおれてもなお、わらいつづけた。


 いろんな意味で、目のまえの光景が現実なのかわからなくなる。

 現実に……この世界に、こんなヤツがいていいのか。


「……ねよ」

 ――ふいにつぶやいた言葉。視界がゆがんでくる。

「あん、きこえねーな?」

「死ねよ、おまえ」


 ――正直、おどろいた。

 こんなにも、本気で人を殺したくなったのははじめてだったからだ。


「死ねっつってんだよ、このクソ野郎がぁぁぁ!」

「うるせぇんだよッ、クソガキィィィ!」


 師匠は銃をかまえ、私へむける。

 トリガーをひくまえに、私はおいっきり体をまえにたおした。


「なッ!」


 まさか、私がこんな動きをするとはおもわなかったのだろう。

 師匠の反応がにぶったところをついて、その腕をおもいっきりけりあげる。


 その反動で師匠は拳銃を床におとした。


「ふざけんなよッ! クソガキィ……」


 拳銃をとろうとする師匠。

 ――でも、そんなことはさせない。

 すかさず、私は拳銃をけりとばす。


「こんのッ!」

 師匠のタックル――胴に命中し、私は床にたおれた。

 おきあがるすきもあたえず、師匠は私のうえに馬乗りになった。


「うぁぁぁ!」

 師匠の拳。

 一発、二発と私の顔にダメージがはいる。


「俺はァ……おまえを殺す! おまえを殺して、つよい自分になって……天才になるんだッ。おまえじゃなくて、俺が天才剣道少女になるんだよッ!」

 師匠の表情はいかりとえみがまざりあい、もはや形容しがたいものとなっていた。


「そしたら、俺は……俺は……」

 グサッ――師匠の体に刃がささる。


「へぇッ……」


 彼女の目はとてつもなく、おおきくなった。おおきくなって、そのまま一点を見つめてうごかなくなった。


「な、な、な、なんじゃこりゃ……」


 私の手が師匠の体にのびていた。

 はめられたグローブの甲から、一直線にのびたするどい刃が四本もはえていた。


「こ、こ、こ、これは……?」

「さぁ、手甲鉤、でしょうか。まぁ、これは鉤の部分が両刃になっていますが」

「てっ、こう、かぎ……?」


 きいたことがない名称だったのか、師匠は首をかたむけた。

 それもそうだろう。私も千瀬さんからおしえてもらうまで、しらなかった。


「師匠……天才剣道少女としての私は二年まえにあなたに殺されました」

 師匠の口から血がながれだし、ボトボトと私の手と服をよごす。


「私の家族も、仲間も、大切な人も、一般人としての私も――全部あなたに殺されました」

 肩の力をつかって、刃を師匠の体におしこんでいく。


「だから、こんどは私があなたを殺す番です。あなたが殺したぶんだけ……」

「うるせぇッ……!」


 師匠がむりやり、私の手を自分の体からひきぬく。

 そこから、ブシュ―ッと水鉄砲のように血がふきだした。


「誰がテメェみたいなクズに殺されるかぁぁぁーッ!」

 ごろんと私からころがりおちると、床にあった銃を手にとり私へむける。


「死ねぇぇぇーッ!」

 私はゆっくり、瞳をとじる。


 これでおわりか。でも、なにもこわくない。

 もう……いいんだ。

 これで……いいんだ。

 私の瞼のうらには、ちゃんとブリッツがうつっていた。


 銃声がなりひびく――


 だがしかし、私の自身にはなんの衝撃もおとずれなかった。

「えっ」


 かわりにきこえてきたのは、言葉にならない悲鳴だった。

「ぐぁぁぁぁぁッ!」

 えっ――えっ――


 瞳をひらいて、目前の光景を凝視する。

「ち、ち、畜生……」

 刀がうしろから、師匠の胸をつらぬいていた。

 ゆっくりと刀身がぬかれて、師匠がたおれる。


「な、な、なにがおこったんだ……?」

 ふと、師匠のうしろに人影がいることにきがついた。

 人影はゆっくりと私にむかってきた。


「はぁ、まったく迷惑をかけるなー」

 人影は千瀬さんだった。片手は血でベトベトになった刀をにぎっている。

 そして、車のそとをみてみると、そこにはたくさんの黒服がたっていた。


「ち、千瀬さんどうしてここに……」

「さっき閣下がイペタムを正式な国敵に認定したんだ。それで排除にきたわけだ」


 党首閣下が……。

 どのような風のふきまわしだろうか。


「それにしたって、春姫ちゃん、キミにGPSをつけといて正解だったよ」

 千瀬さんはスマートフォンをとりだし、その画面を見せる。

 そこには地図と、そのうえで赤くひかる点がうつしだされていた。


「千瀬さん……ブリッツが……ブリッツが」

 わたしはおもいだし、たおれているブリッツを目でさした。

 かわりはてたブリッツの姿。

 それを視界にいれただけでも、心がひきさかれそうだ。


「あらま……ウソでしょう」

 千瀬さんの声がおちつきをうしなった。ブリッツの死は彼女の心にもダメージをあたえたらしい。そっと、ブリッツにちかよると手を胸と首にあてた。


 しばらくして。


「……春姫ちゃん」

「はい……?」

 千瀬さんは笑顔をうかべた。

「ブリッツだけど……たすかるかもしれないぞ」


「えっ――」

 えっ……。


「本当ですか?」

 千瀬さんはおおきくうなずく。

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