32

 ザシュッ!

 ホムラが能面のひとりをきりすてた。


「おっ、ええやんけ」

 木梨田も腰にさした刀を、ぬきはなつ。


『神道無念流・立居合』


 木梨田の刀は、まるで空間をとおりぬけるように能面たちの胴をさいた。


 戦いの最中、私は師匠をおって、かけだしていた。

 部屋のおくまでいくと、うえへつながる階段が見つける。

 それをのぼったさきにあったのは、廊下とそのさきにある扉だ。


「よぉ」


 扉のまえに師匠がたっていた。

「ははっ、おまえならくるとおもっていたぜ」

 師匠はこちら嘲笑うようにいう。そして、親指を扉へむけた。


「このさきに、ブリッツ・ホーホゴットがいる」

「本当ですか……」

「さぁて、どうだろうな」


 視界にはいった師匠の顔。

 狂気にいろどられた、師匠の顔。

 ――私が中学のときと、まったくおなじ、うつくしいものだった。


「……師匠、やっぱりおキレイですね」

 むかしをなつかしみ、私はつぶやいた。

「おまえが俺にほれていたのはしっていたぜ」

「えぇ、ずっとおしたいしておりました」

「あのデートだって、本当はたのしかったんだ」

「私もです」

「けれども、おまえがにくくてしかたなかった」

「きぐうですね。いま、私はあなたのことがにくくてしかたない」


 おたがいに顔を見つめあう。

 なにがおかしかったのか、師匠はプッとふきだし、おおわらいした。

 私もそれにつれられて、わらってしまう。


「じゃあよぉ、死ねぇぇぇッッ!」

 師匠の刀の鞘がぬかれ、赤くかがやく光の刃があらわれた。

「あれは……」光の剣――『妊婦斬り』


『示現流・一二の太刀』


 赤くそまった斬撃が、おそいかかってくる。

 刃があたるすれすれのところで、私はよけた。


「あぶなッ……!」


 私のうしろにあった壁がきりさかれる。

 ジュワッ……高温だったからか、きり口から煙がふきだし、ドロドロとながれてくる。

 どうやら、金属製の壁だったらしい。


「まだまだぁッ!」

 つぎつぎに斬撃がとんでくる。つぎつぎに壁や床に疵跡ができる。

 私はそのすべてを間一髪のところでよけていった。

 うぅ……怒涛の連続攻撃。死の気配だけが私を支配する。


「ったく、しつこいな……」

 師匠はうごきをとめた。

 ぜぃぜぃはぁはぁと、その呼吸はあらくなっている。


「こっちはガス背負ってておもいんだよ」

「しりませんよ、そんなこと」

「うるせぇよ……死ねぇ!」


 ふたたび、師匠が刀をかかげた瞬間だった。


「くらえだしッ!」

 どこからか、小刀がとんできて、師匠の腹部にささった。


「グハァッ」

 師匠は腹をおさえて、その場にくずれた。


「大丈夫ッスか? 春姫ちゃん」

 階段のほうをみたら、ほむらと木梨田と中部がたっていた。


「……この扉のさきに、ブリッツはいます」

「……わかった」

 中部がドアノブをにぎり、ゆっくりと扉をひらいた。そこには……。


「春姫……?」

 ブロンド髪の少女――ブリッツがいた。

「ブリッツ……ブリッツ……!」

 私はかけより、その体をだきしめる。



 バキンッ!

 こぢんまりとした部屋。木梨田の刃がブリッツの手錠の鎖を、たちきった。


「ありがとう」

 ブリッツはおれいをいったあと、私たちの顔を見わたす。

「春姫……なんでここに……? というか、みんなも……」

「それはまたあとでやな」


 木梨田が廊下の壁をさした。

 壁がところどころでとけており、いまにも倒壊しそうだ。


「とりあえず、ここからはなれるし」

 中部がドアのほうへむかう。


「しばしまってくれ」

 ブリッツがそれをよびとめた。そして、部屋のすみにあったダンボールをさす。

「あれももっていっていいか?」

「なんだし、あれ?」

「イペタムのボスからのおくりものだ。もしかしたら、なにかに役にたつかもしれない」

「そこらへんは自由にするし」


 許可をもらい、ブリッツはひょいっとダンボールをもちあげる。

 なかにはいっているものは、そんなにかるいのだろうか。


「じゃあ、そろそろ……」

 バンッ――きいたことがない、破裂音らしきものがこだました。


 つぎの瞬間。


「うッ――」ブリッツが腹から紅色の飛沫をあげて、バタッところがった。


「ぶッ……ブリッツッ!」


 私はすぐに、彼女にかけよる。


「ハッハッハッ! 油断したなぁ」

 廊下から師匠があるいてきた。

 まて、さっき中部にやられたはずじゃあ……。


 よく見ると、腹に鎧のようなものが装着されていた。

 それで、ふせいだのか……?

 だが、しかし、そこに注目していたのは私だけだったらしい。


「まて、なんで銃をもっているし……」


 しんじられないといいたげに、中部は師匠を見つめた。


 まて、師匠がもっている黒光りする弓型の金属って……銃だ。

 ふるい写真のなかでしか存在していないはずの……銃だ。


「最近、イペタムが銃の製造をはじめたんだよ。設計図が見つかったらしくてな。これは試作品だ」

「そないなこと……国際法違反やッ!」

 木梨田が中部とおなじ表情で、どなりつけた。


「ドイツもソ連もアメリカもあのザマじゃあ、国際法もクソもねぇよ」

 ハッハッハッ……狂ったようにわらう師匠。


 いまの私の耳には、そんな会話もとどいていなかった。

 ただ、ブリッツだけを見つめていた。


「安心しろ春姫……。大事ないわ」

 ブリッツは笑顔をつくった。しかし、どこかくるしそうだ。

「そうッスよ」

 となりでブリッツを見ていたホムラが、ポケットから包帯をだす。

 そして、血がでている腹の部分にまきはじめた。


「おい、なに、してんだぁ?」

 またもや、バンッ、バンッ、と銃声が連続する。

 ひとつはホムラのすぐよこの床に穴をあけ、もうひとつは……。


「うぅ……」

 ホムラがうめいて、太ももをおさえた。

「ホムラァ!」ブリッツがさけぶ。


「大丈夫ッス……」

 ホムラは顔をゆがませながら、たちあがった。

「ブリッツ……春姫ちゃん……あのうしろの扉からにげてッス」

 ホムラのいったとおり、この部屋にはもうひとつ扉があった。


「けど……」

「ここはうちらでくいとめるけん」

 木梨田、中部、ホムラが師匠をかこむ。

 その姿は一種の壁のように見えた。


「はよいってや!」

「……ありがとうございます」


 なんだよみんな、かっこよすぎだよ……。

 なきそうになった。というか、涙が洪水のようにでてきた。


「おい、茶番はおわりでいいな?」

 師匠がふたたび、銃をかまえる。


「この茶番ごと、おまえをおわりにするッスよ!」

「それに同意や!」

「てめぇみたいなクズなんかにまけないし!」


 そう意気込む三人のうしろ。

 私はブリッツと肩をくんで、その場をあとにする。

 扉のさきの廊下をすすみ、屋敷から脱出した。

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