31

 党首官邸からにげだした私たちは、ちかくにとまっていた軍用車両にのりこんだ。

 おおきなワゴンのかたちをしていて、まえ私がのったものとまったくおなじだった。


 いま、軍用車両は山道をはしっている。


「いててッス……」

 ホムラが木梨田に傷の処置をされていた。

 手首の傷に、アルコールがしみているガーゼがあてられる。


「がまんせいや。ばい菌はいったらもともこもないで」

「わかっていまッスけどさ……」


 ホムラはなんだか、イヤそうだった。

「おい、国賊ども」


 運転席のほうから、ひくい女の声がとんできた。

 そこには、軍服をきた女――国防軍の中部がすわっていた。


「そんな調子ブリッツをすくえんのか?」

 どうやら、協力者というのは中部のことだったらしい。


「国賊って……そないなこといったって、うちらに協力しているあんたももう国賊やろ?」

 木梨田の挑発するような声に、中部は「ふん」と鼻をならした。

「なんどもいわせんなし。これはブリッツと春姫ちゃんへのおわびだし」

 中部はそうこたえると、フロントガラスのほうへむきなおる。

 おわび……そっか、このまえの一件のことかな。


「ところで……?」

 私はきになっていたことを口にした。

「いま、どこへむかっているのですか?」


 すると、ホムラと木梨田は顔を見あわせた。

 そして、ふたりがこたえるまえに、中部が口をひらいた。

「なにいってんだし。ブリッツのもとってきまっているだろ」

「ブリッツの居場所がわかるんですか?」

「あぁ、バッチリだッ!」

 中部は大層自信がおありのようだった。


「じつはな、このまえの一件からブリッツにGPSをつけておいたんだ」

 ジッ……GPS……!

 いきなりでてきた単語の衝撃に、目を点にしてしまう。


「もしかしたら、あたし以外のヤツがさらうかもしれないだろう?」

「それが的中したわけですね……」


 だからって、人にGPSをつけるって……。

 このあいだ、中部がむりやりブリッツに頬ずりしていたことをおもいだす。

 もしかして、この人、ストーカー気質があるんじゃ……。

 私はすこし、ひいてしまった。


「おい、そろそろつくし」

 中部がハンドルをにぎりながら、フロントガラスを指さした。


「あ、あれが……」――ブリッツのいるところ。

 そこにあったのはボロボロの洋館。

 外壁はひびわれや劣化が目だち、ふるびた石や木材がくずれた箇所もある。のび放題になった弦が、まわりをはいつくばるようにおおっていた。


「まるで……おばけ屋敷やな」

 その木梨田の言葉がしっくりくる、建物だった。



「夜の廃墟だなんて、まるで肝試しだし」

 はなれたところに車をとめた中部がいう。

「なかにいるのは、おばけよりこわいテロリストさんたちだろうッスけど」

「まじめにしろや、ふたりとも」

 三人つづいて、私も車からおりた。


「ところで……」

 木梨田がふりかえる。

「ようかんがえたら、春姫ちゃんは軍人でもないし佩刀課でもないけい。ムリしてついてこなくてもええんやで」

「いや、ここまできて、いかないなんて選択肢はありません」


 それに……。

「私だって、ブリッツをたすけたいんです」

「そかそか、ほんなら命があぶなくなったらにげてな」

 木梨田はほほえむと、ホムラとともに洋館へむかっていった。


「ほら、春姫ちゃん、いくし」

 そして中部にうながされ、私もふたりのあとをおった。


 夜の森は、おそろしい雰囲気をただよわせていた。

 木々のあいだにひろがる小道はくらい。月の光がかすかにさしこむだけで、周囲はうすぐらい影につつまれている。

 足元には枯葉や小さな石が散乱し、時折、夜風がそよいでいるようにかんじられた。


「まさか、正面からはいるわけないよな」

 道中、中部が質問めいたことをいった。

「まっさかー。たぶん、あの手の西洋建築には裏口があるよ。そこからはいろう」

 ホムラが洋館の裏へとむかっていく。


 裏手にまわると、そこには木製の扉があった。そのドアはくちており、すきま風もはいりそうな状態だった。

 私たち四人はうなずきあう。そして、木梨田がドアノブに手をかけた。


「……鍵がかかっておらへん」

 そのままドアをひらくと、なかからつめたい空気がふきつけてきた。おもわず目をつむってしまうほどつよい冷気だ。


「うぅ……」

 なかに誰もいないことを確認すると、いっきにくぐっていった。

 扉のさきにあったのは、ひらけた空間。赤い壁紙にチェック柄の床。ひろさはだいたい体育館ぐらい。


「……ッ」

 部屋のおくへ視線をむけて、おもわず顔をしかめる。


「くるとおもっていたぜえま……春姫ぃ!」

 そこにいた女――師匠が声をかけてきた。


「し、師匠!」

「春姫ちゃん、さがるんだし!」

 師匠のまえで中部がたちふさがる。その手には短刀がにぎられていた。


「ほぉ、いい度胸だ」

 師匠が指をならすと、部屋中の壁がドアのようにひらき、能面をかぶった女たちがあらわれた。その数はおおく、二〇……三〇人は余裕でこえている。


「うわぁ……めっちゃおおいッス……」

 ホムラがうんざりしたようにつぶやく。


「じゃあな、犬死にでもなってろ」

 師匠はそういいのこすと、部屋のさらにおくへとあるきだした。


「まって!」

 私はひきとめた。

「ブリッツは……ブリッツはどこにッ!?」

「……」

 師匠はふりかえることなく、きえていった。


「さてと……」木梨田がまわりをみわたす。

「これどないしよか?」

 能面たちは刀をぬき、いっせいにおそいかかってきた。

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