30
ホムラも木梨田もブリッツをたすけにいこうとしていたらしい。
なんでも「ブリッツはうちらの仲間やけい。仲間が死ぬかもしれないいま、いてもたってもいられなくなっての」とのこと。
「けど、それを千瀬さんや国がゆるしてくれるとは……」
「千瀬さんはともかく、僕たちはもともと余所者ッスからね。国にさからっても、いまさらってかんじッス」
ホムラは胸をはって、堂々とこたえる。
いや、胸をはることなのか……。
トンッと木梨田の背にぶつかる。
「ご……ごめんなさい」
きゅうに木梨田とホムラが足をとめたのだ。
「どうしたんですか?」
「……誰かおる」
木梨田がつぶやいた。
私はまわりをみるが、なにもみえな……いや、いた!
廊下のまがり角から……。
「ヌフフ、こまるなーキミたち」
千瀬さんがあらわれた。その腰には刀がさしてある。
「千瀬さん……」
「春姫ちゃんいったよね、身のほどをわきまえようって?」
私から視線を、ホムラと木梨田にうつした。
「それにふたりとも、春姫ちゃんをつれてなにしてんだろうねー?」
緊張しているのか、ふたりのひたいから汗がながれた。
肌をしたたり、地面におちる。
「千瀬相手にごまかしはきかなそうやな……」
「そうッすね……」
「おーい、返事はー?」
千瀬さんはゆっくりとちかづいてくる。その手はすでに、刀の柄(つか)をにぎっていた。
「……すいませんッス!」
ホムラが刀をぬいて、かまえる。
まさか、千瀬さんとたたかうつもりか……。
そうおもっていると、ふいに私の体が宙にういた。なんと、木梨田が私をもちあげてお姫さまだっこをしたのだッ!
「えっ、きゅうになに……?」
「いくッスよ、ふたりとも!」
ホムラはポケットからまるいモノをとりだし、それを床になげつける。
ボワァンと濃い煙が、あたりをおおう。
それと同時に、ホムラと木梨田が千瀬さんと真逆の方向へはしりだした。
「うぅ……」
お姫さまだっこをされているせいか、体がゆれるゆれる。
なんだか、よいそうになってきた。
「もうすぐ出口やけい。そこまで堪忍してや」
「は、はい……」
煙がはれると、そこは官邸の庭だった。
「ふぅー……なんとか逃げられたッスね」
ホムラが嘆息をもらす。
木梨田もぜぇぜぇと、息をはいた。私をかかえてはしったのだから、つかれたのだろう。
「いくらうちらでも、千瀬にはかなわんわ」
私は木梨田からおろしてもらい、地面に足をつく。一通り呼吸をととのえて、まえをみすえた。
「これから、どうするんです?」
「この作戦に協力してくれるヤツがおっての。そいつの車にむかうで」
協力者がいるのか。はてさて、どんな人だろうか。木梨田のあとにつづき、さきへすすむ。
ふと、背から気配をかんじとる。
――なんとなく、ふりかえると。
『浅山一伝流・前腰』
どこからともなく、刃がせまってきた。
その刀身は銀色にまい、三日月みたいな残像をつくる。
「春姫ちゃんッ!」
ホムラが私のまえにでてきて、刀で刃をうけとめた。
「ぐぐッ……千瀬さん」
「ふーん、まさか、うけとめるとはねー」
刃の主は千瀬さんだった。私たちをうかがうと、一歩さがる。
「千瀬さん……」
彼女をみていたら、おもわず口をひらいてしまう。
「このたびの勝手な行動はすいませんでした。けれども……」
「けれどもぉ?」
「私たちはブリッツを見すてることはできません」
依然、千瀬さんの表情はけわしいままだ。
「……そっかぁ。なら、しょうがないねぇ」
「くるッスよ」
ホムラが私と木梨田をかばうように、まえへとおどりでる。
千瀬さんはジリジリとホムラにちかづいていった。
「こっちもこっちで、いろいろ責任とか家族関係とかあるからさー」
千瀬さんの刀のさきがおきあがる。
「キミたちにはめんどうなことはしてほしくないなー」
ホムラが腕をふりあげた瞬間だった。
千瀬さんの刃が、ホムラの手首の内側にはしる。
『北辰一刀流・下段の突』
「くっ……」
ホムラの手首から若干、血がでてくる。
「大丈夫。かすり傷ッスよ」
じっさい、傷はあさそうだった。
「おい、千瀬ぇー!」
おおきな声。見ると、木梨田が庭においてあった巨大な岩をもちあげていた。
えっ……力ありすぎるだろ。
「くらえッ!」
木梨田が岩を千瀬さんにむかって、なげつけた。
「えぇ……」
千瀬さんが放心したように、それを見あげる。
「すきありッス!」
ふたたび、ホムラが煙玉をだした。煙が場にあふれ、まわりがよく見えなくなる。
「いまんうちや!」
木梨田に手をつかまれ、私たちはその場からはしりだしたのだった。うしろから、岩がくだけちる音がきこえてきたが、ふりかえる勇気はなかった。
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