29
閣下がよういしてくれた部屋は、高級ホテルの一室のようなところだった。
壁は上品な壁紙で装飾され、絵画や豪華な装飾品がかざられ――ふかふかの絨毯のうえには、あきらかに高級そうなソファや照明が配置されていた。
私はその部屋のすみで、体育すわりをしていた。
「うぅ……」
涙がどろどろあふれだし、嗚咽がとまらなかった。
心はふたつの感情に支配されていた。
――ひとつは、姉をまもれなかった自責の念。
――ひとつは、ブリッツをまもれなかった自責の念。
もし、あのとき、師匠にたちむかっていたら……。
もし、あのとき、黒服をおしのけていけたら……。
もし、あのとき……もし、あのとき……。
そんな『たら』『れば』ばかりがあたまのなかをよぎる。
反吐がでるほど私は無力だった。
「ふざけんなよ……ふざけんなよ……」
もうなにもかもいやになってくる。いっそこのまま……。
『しあわせになってね』
ハッ――頭のなかで、言葉が反復した。
これは、姉のさいごの……。
『しあわせになってね』
しあわせ……? しあわせって……。
ぼんやりとブリッツの笑顔がうかぶ。
「ぶ、ブリッツ……」
そ、そうだ……そうだった。
「ブリッツといっしょにいた時間……」
警視庁の地下やゲーセンでの彼女をおもいだす。
「ブリッツとつながっていた時間……」
公園での彼女をおもいだす。
あの時間はまちがいなく、しあわせだった。
『しあわせになってね』
……。
私は涙をぬぐい、たちあがる。
姉からたくされた遺言――私はしあわせにならなきゃいけないんだッ!
そう心にきめたときには、部屋からぬけだしていた。
◇
官邸の廊下には、見まわりの黒服がうろついていた。
みんな、腰に刀をさし、きょろきょろと頭をうごかしている。
私は物陰にかくれて、それが通過するのを見とどけてから、さきへとすすんだ。
あぁ……こんなことしてて、今度こそ千瀬さんから殺されるかもしれない。
国がブリッツをすくってくれないのなら、自分がブリッツをすくおう。
そうおもって、とびだしたのだが、前途多難すぎた。
まず、党首官邸(ここ)からにげだす方法――
つぎに、ブリッツの場所をつきとめる方法――
最後に、ブリッツをたすけだす方法――
よくよくかんがえたら、二番目の時点からもうつんでいる。
「あぁ……どうしよ」
そうつぶやいたとき――誰かに背をたたかれた。
ギクッ、もしかして、みつかったか……?
ふりむくと……。
「おッス、春姫ちゃん」
ホムラがたっていた。
「ほ、ホムラ……」
そのうしろには、木梨田もたっていた。
「どどど、どうしてここに?」
「千瀬にあいさつをしたかえりや」
木梨田がこたえた。
「ところで、春姫ちゃんはなんでここにいるんッス?」
「たしか千瀬から、部屋でまっていろっていわれっとたはずやのになぁ」
なっ、なんでしっているんだ、そのことを……。
「じ、じつはその……」
「「その……?」」
「ご、ごめんなさぁい!」
ごまかせないとふんだ私は一直線にはしりだした。
背から「ちょ、春姫ちゃん!」とひきとめる声がきこえてくるがムシをする。
よし、なんとかふたりをまいて……。
そうおもったのもつかのま。
ドンッ!
誰かにぶつかってしまう。
「いてて」
尻もちをつき、顔をあげると、そこには黒服がたっていた。
みみみ……見つかってしまった!
「おい、仁禮春姫? どういうつもりだ?」
黒服がつめよってくる。
ど、どうする、またにげるか……?
でも、うしろにはホムラと木梨田がいる。
万事休すか……。
あきらめかけた私のよこを、ホムラがすどおりした。
そして、黒服のまえにたつ。
「なんだ……?」
「すいません、これは閣下の命令なんッス」
「閣下って、党首閣下か?」
「はい。さきほど、閣下から春姫ちゃんを警視庁へ輸送しろとの命令があったんッス。それで、僕たちが車までおともしてたんッス」
えっ、なんのことだ……?
ホムラのいっていることがわからなかった。
「……証拠は?」
「証拠なんてあるわけないやろ」
木梨田が口をはさむ。
「これは重要機密の命令やけい。いちいち証拠なんてのこしっとったら、もはや機密でもないんやないか?」
「……確認する」
黒服が携帯をだした瞬間だった。
「えいッス!」ホムラのチョップが、黒服の首に命中した。
ガハッと黒服がたおれる。
「えっえっ……」
私はおどろきのあまり、ポカンとしてしまう。
いま、なにがおこったんだ。
「……いくッスよ、春姫ちゃん」
「いっ、いくってどこに?」
「ブリッツをたすけにッ!」
私はおもわずききかえしてしまった。
ホムラが私のまえにしゃがみこみ、顔をちかづけてくる。
そして、ニカッとわらった。
「……ッ!?」
頭のなかで疑問符が氾濫する。
どうして、このふたりがブリッツをたすけに?
というか、このふたりは千瀬さんにさからって大丈夫なのか?
そんななかで、一番に口からでてきた質問は、
「私を警視庁に輸送うんぬんっていうのは?」
というものだった。
その質問をきいた、ホムラと木梨田は顔を見あわせる。
そして、ベェーっと舌をだしたのだった。
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