24

 パトカーのなかで、私の両親が仕事場で殺害されたことをきいた。なんでも、イペタムにやられた可能性がたかいとか。


 警官にひっぱられるまま、私は警視庁の一室にたどりついた。

 部屋のなかには千瀬さんと……


「……閣下?」


 この国の元首である党首閣下がいたのだ。


 私は千瀬さんと閣下がすわっているソファの対面にすわらせられた。


「まずは春姫ちゃんが無事でよかったよー」

 千瀬さんがいつもの表情でいった。


「まさか、警視庁がハッキングされるなんてねー。警視総監にはあとで責任を……」

「千瀬さん」

 千瀬さんのはなしをさえぎり、自分のききたいことをいった。


「私っていったいなんなんですか? 千瀬さんならしっているでしょう」

 千瀬さんと閣下は顔をみあわせ、うなずきあう。

 そして、なんのちゅうちょもなく、いいはなった。


「春姫ちゃんは東日本の国王の子どもさー」

 言葉の意味が理解できず、おもわずききかえしてしまう。


「春姫ちゃんは東日本の国王の子ども」

 それでも、千瀬さんの返答はかわらなかった。


 それから千瀬さんは『自分の調査した範囲での憶測』とまえおきをおいて、根掘り葉掘りことの真相をはなしてくれた。

 数年前、東日本の国王は秘密裏に子をうんだ。

 しかし、そのときすでに国王の配偶者である王配は亡くなっており、正当な血筋の子どもでないことはあきらかだった。

 なによりも血筋をおもんじる東日本の王室。王が王配以外と子をなすことは絶対にあってはならなかった。

 そのため、このことは国民から王室関係者、ひいては王族にまでしらされることはなかった。

 そして、子どもは永遠におもてにでぬよう、誰もきがつかぬであろう場所にかくされた。


「その場所こそが我が国だったわけだー」

「じゃ、じゃあ……その子どもっていうのが私なんですか?」

「そうだよー」

 千瀬さんは即答だった。


「東日本にとって絶対にいてはいけない忌み子――それこそが、キミさぁー」

「ウソでしょう……」おもわず、つぶやいてしまう。

 こんなはなし、はいはいとなっとくすることができない。というか、現実味がなさすぎる……。


「で、ここからはなしがややこしくなってねー」

 千瀬さんははなしをつづける。


 数日前、国王が死去すると、国王の正当な子どもである王子が王位を継承した。

 しかし、そこで問題がおこってしまった。

 王位継承のもろもろの整理や調査により、私の存在があきらかになってしまったのだ。


「それで東のおえらいさんたちはかなりプンプンしたようだよ。そう、プンプンと頭のなかが沸騰しすぎて、おかしくなってしまったんだね」

 千瀬さんの茶化したはなしかたに、一瞬だけいかりをおぼえた。

「そのおえらいさんのなかにイペタムとつながりのある人がいてね。その人がイペタムに春姫さんの殺害を依頼したんだよ」


「……そ……そんな……」

 私はショックのあまり、ソファの背もたれに肢体をあずける。

 そんなことのせいで私は命をねらわれて、姉は殺されてしまったのか?

 そんなバカみたいなはなしが、この世に存在するのか……。


「それが、私のしっているすべてさー」

 もう、なにも返答するきもおきず、ぐったりと上体をまえにたおす。


「大丈夫ー?」

「……すいません、いっかいひとりにさせてくれませんか?」


 私のおねがいに千瀬さんは、首をよこにふる。

「それはできないなー」

「……なんでですか?」

「だってこれから、春姫ちゃんを輸送しなきゃいけないんだもの」


 千瀬さんに目配せをされ、閣下が口をひらいた。

「仁禮春姫さん、これからあなたを国家最重要人物として党首官邸で保護します」

「こっかさいじゅうようようじん?」

「とりま、春姫ちゃんが東日本との交渉につかわれるってことー」


 国家最重要人物……なんと仰々しい名詞なのだろう。ただ女子高生が、たったの数日でそんなものでよばれるようになるとは。


 でも、もう……「なんでもいいや」 

 もはやなにかをかんがえることさえ、おっくうだった。



 党首官邸のまえにはおおくの人があつまっていた。

 そのほとんどは腰に刀をさした黒服だった。この人らはたぶん、近衛部隊なのだろう。そのなかにホムラと木梨田、そしてブリッツがまじっていた。


「春姫……」

 警官につれられ車からでてくる私に、かなしみがこもった視線がむけられる。

「ブリッツ……?」

 私の目線のさきでは、ブリッツが瞳孔をちいさくさせていた。


「春姫……春姫……!」


 彼女が私の名前をよぶたびに、私は泣きたくなってくる。

 いやすでにないていた――涙をぼろぼろとこぼしていた。


「どうして、ないているのだろう……私……」

 そのとたん、ブリッツの表情がかわった。


「貴様らッ……」


 それは、まるで鬼か悪魔に見まちがえるぐらいの憤怒をやどしたものだった。


「貴様らぁッ――よくも、春姫をなかせおったなぁッ!」


 獅子吼――

 一瞬にして、その場にいたすべての生物が、そのうごきをとめた。

 ブリッツはそのすきに、ズカズカと私にちかづき、その手をにぎった。


「いくぞ、春姫!」

「えっ?」


 否応なしにブリッツは私をひっぱり、かけだした。


「まてッ!」


 警官や黒服がとめにかかったが、彼女はそれをかるがるとかわしていく。

 かわして、かわして……ついにはふりきってしまったのだった。

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