23

「おねえちゃん!」


 姉にちかづく。

 彼女は首に傷をつくり、そこから血をながしていた。


「う……うぅ……」


 姉の意識はもうろうとしているようだ。

 私は彼女に必死によびかける。

「しっかりして! おねえちゃん!」


 師匠はそんな私たちをみおろしながら、せせらわらっていた。


「無様だなぁ! 他人にそこまで命かけられるなんて偽善者すぎるぜ」

「だまれ……」

 腹のなかでなにかが、ドス黒いなにかが、うずまき、のぼっていく。


「あん、なんていった? きこえねぇなぁ」

「だまれっていってんだよ、このクソ野郎」


 不思議だな。今日の今日まで師匠のことがこわくて、こわくてしかたがなかったのに。

 けどいまは、師匠のことがにくくて、にくくてしかたがない。


 ――私はたちあがり、師匠にむかってかまえた。


 もちろん、手がうごかないので、剣道とはすこしちがうものになったが。


「おいおいおい、やめといたほうがいいぞ。俺とおまえじゃあ勝負になんねぇよ!」

「しらねぇよッ!」


 いかりにまかせてつっこむ私。それを、師匠は足蹴にした。

 グホッ!

 腹にヒットし、まえのめりにたおれた。


「ほらムリすんなよ。おとなしく死んどけぇ!」


『示現流・一ニの太刀』

 一秒の間もなく、頭上に刃がおちてきた。

 くっ……これでおわりかよ……私が目をつむった、そのときだった。


『天然理心流・月波剣』


 ガッキン――金属同士がぶつかりあう音がひびく。


「またもや、危機一髪だったな」


 瞳をひらくと……黄金の波があらわれた。


 これはブロンドの髪の毛だと、すぐに理解してしまう。


「ブリッツ?」

「ご名答」

 ブリッツは刀で師匠をおしかえした。

「僕たちもいるよッス!」

「ひさしぶりの力仕事やけぇ」

 ホムラと木梨田がにゅっと窓から脚をだして、床に着地をした。


 この三人は……私の仲間たち……! 

 まさか、たすけにきてくれたのか?

 なんだか、あついものをおぼえ、下瞼から涙があふれそうになる。


「テメェ……」

 ブリッツをとらえる、師匠の眼。

 そこにおそろしいほどの敵意がやどる。

 その威圧感ははんぱなく、ブリッツのうしろにいる私ですら鳥肌がたってしまう。


「そなたのこと、おぼえているぞ」

 ブリッツは師匠をゆびさした。

「たしか上曾洋といったな。そういえば、あの時分も春姫に、このような残忍酷薄なおこないをしていたな」

「テメェのせいで、俺はおなわについた」

「あたりまえだ――外道がッ!」


 ブリッツは両手で刀をかまえ、すかさず師匠の胴をきりこむ。

 師匠は刀をたてて、それをふせいだ。


「ぐぅぅ……このバケモノめ……」

 師匠はよゆうなさそうに、ぼやいた。

「バケモノでけっこうだ。そなたのような外道に、春姫を殺させるわけにはいかない」


『天然理心流・石火剣』

 刀と刀がぶつかりあい、火花がちる。

 その迫力はすさまじく……まるで本物の剣士のようだった。


「ずいぶんと心のちいさいヤツやのう」

 師匠をみていた木梨田がぼやく。

「まったく、そういうヤツほどきりきざみがいがあるんッスよねぇ」

 ふたりは鞘から刀をぬくと、師匠にきりかかった。

 師匠は必死そうな表情で、それをふせいだ。


「おい、一対三なんでズリィぞッ!」

「ふん、たしかにそうだが」

 ブリッツはチラッと私を見る。


「こっちは朋輩がやられておるのでなッ! いまの我らは卑怯、高潔なんぞとは、関係のない場所にいたっておる」

「勝手にいってろぉ!」

 師匠はポケットに手をつっこむと、そこからなにかをだした。


「こんにゃろぉ!」

 ボワンッとこい煙が、部屋中にまんえんする。

 扉がうごく音がしたかとおもえば、私たちのまえから師匠がいなくなっていた。


「おのれ、逃げおったか……!」

 ブリッツがくやしそうに、つぶやく。


「まだちかくにいるはずや、おうぞ!」

「ブリッツは春姫ちゃんをよろしくッス!」

 そういいのこして、木梨田とホムラが扉のさきへとびだしていった。

 部屋にのこったのは、私と姉とブリッツの三人。


「は、春姫……」


 姉が血まみれの手をのばしてきた。


「おねえちゃん!」


 私がかけよると、ふたたび姉は笑顔になった。


「ごめんね、ずっとだまってきて……」

「なにをいってんだよ! 私とおねえちゃんは家族だよ!」

 姉の手が私の頬にふれ、赤くそめる。


「春姫……いっしょにいれた日はみじかかったけど……愛している」


 ……『しあわせになってね』


 ボトッと姉の手が床におちた。


「そんなイヤだよ、おねえちゃん……おねえちゃん!」

 たおれたままうごかなくなった姉。私からあふれだした涙が、彼女の顔をぬらした。


「春姫……」

 ブリッツが私の背中にギュッと、くっついてくる。

「うぅ……どうして、どうしておねえちゃんが……」


 姉がいったいなにをしたっていうのさ。

 姉はいつも真面目で、優秀で、

 いつも私にやさしく、世話をやいてくれて、

 彼女が死ぬべき要素なんて、なかったじゃないか。


 私はうごく気力もなくなり、その場に膝からくずれた。


 バンッと扉がひらかれる。そこから警官たちがぞろぞろとはいってきた。

「仁禮春姫――我々についてこいッ!」

 警官たちはそんな私をひっぱるようにそとへつれていき、パトカーにのせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る