22

 黒ぬりの高級車の集団が警視庁のまえにとまる。

 そこから複数の黒服と、ほそい女がでてきた。


「おはようございます、党首閣下」


 それをでむかえたのは千瀬と警察庁長官、警視総監の三人だった。

 党首は三人のか顔を見わたし、挨拶をした。


「おはようみなさま。では、仁禮春姫のもとへあんないを」

 すると、「大変です!」と警視庁からあせった様子の警官がでてきた。


「どうしたんだー?」

 千瀬がとうと、警官が形相をかえてさけんだ。


「に、仁禮春姫がいなくなりました……!」


 周囲に沈黙がはしる。党首と千瀬はおたがいに顔を見あわせ、青ざめさせた。

「ま、マズイなこれー……」



「はぁ……はぁ……」

 私、仁禮春姫ははしっていた。


 警視庁からぬけだし、オフィス街をぬけ、繫華街をぬけ、故郷の町へ――

 そしてたどりついたのは、私の家だった。


 赤い屋根の一軒家。


 ちかづくと、玄関口がはんびらきなっているのにきがついた。

 ドクン、ドクン――心臓の音が体内でこだました。


 とてつもないほどイヤな気配をかんじとる。

 なんだか、玄関のさきにいったら、もう二度とかえってこられなくなるような……。


 でも……しばられた姉の写真が頭にうかぶ。


 私は意をけっして、一歩をふみだした。


「おねえちゃん?」

 廊下にはなんの異常もなかった。リビングなどをのぞいてもなにもみあたらない。


 じゃあ……二階か?

 階段をのぼって、二階へいく。


 二階には――両親の部屋、姉の部屋、私の部屋――三つの部屋がある。

 そのうち、私の部屋だけ扉がはんびらきになっていた。


「おねえちゃん、いるの?」


 そっと部屋にはいった。

 ベッドに鏡に化粧品。私の部屋は警視庁へいくまえのあの日のままだった。

 まぁ、数日しか日をあけてないし、おおきな変化はないか。


 しかし、姉の姿はない。


「じゃあ……べつな部屋かな」

 ふりむくと同時に、私は自分の目をうたがうことになる。


「よぉ……ひさしぶりだなぁ」


 強烈に記憶にのこっている声――


 威圧感のある、背丈のたかい『女』が扉にたたずんでいた。


「う、ウソでしょ」


 一歩、二歩、私は後退する。


 心の底からありとあらゆる恐怖がこみあげてくるのをかんじる。


「ほら、なにそんな顔をしてんだよ。師弟の再会だぜ?」


 その『女』――私の『師匠』――『上曾洋』の笑顔はむかしとまったくかわらなかった。

 いまでもほれぼれしてしまうぐらい、キレイだ。


「ど、どうして……ここに?」

 やっとのことで、しぼりだせた言葉だった。

「さぁ、どうしてだとおもう?」

 質問を質問でかえされた。

「もしかして……イペタム?」

「はい、だいせいかーい!」

 師匠はピシッと両手を鉄砲の形にして、私へむけた。


「牢屋のなかでイペタムにスカウトされたんだ。仁禮春姫を殺す仕事があるってな」

 私を殺す仕事。その言葉のぶっそうさに唖然とする。


「ふたつ返事でのっかたよ。おまえを殺せるんだからな!」

「私が……なにをしたと……?」

「なにもしてねぇよ」


 師匠は私へむけて、ゆっくりと歩みよってくる。


「おまえをはじめて見たとき、つよい才能をかんじた。剣道部にスカウトしてみたら、もくろみどおり、おまえは才能を存分に発揮し、この国の頂点になった……」

「それは全部、師匠のおかげで……」


 そう、あのとき、師匠のためにがんばってきたのだから。


「でも、私はそんなおまえに嫉妬しっちまったんだ。どうして、私がおまえみたいな才能をもっていなかったのかと。それで……あの事件(ざま)だ」

 師匠が背から日本刀をぬいた。


「私は牢のなかで反省したんだ。よわい自分をかえなきゃいけないと。それでだ、仁禮春姫――」

 刃先が私の顔へと、むけられる。


「俺はおまえを殺す。そして、おまえごときに嫉妬していたよわい自分と決別するんだぁ!」

 そんなめっちゃくっちゃな……。やはり、この人はどこかおかしいのかもしれない。

 バッと師匠が私にむかって、せまってきた。


『示現流・一ニの太刀』


 ものすごいスピードで、刀身がふりおとされる。

 寸前で私は回避するが、体のバランスをくずしてしまう。


「わっ、わぁぁぁ!」

 そのまま、上半身からころんでしまった。


「一ニの太刀をかわすとは、あいかわらずおまえはすごいな。だが、これでおわりだ」

 師匠がふたたび刀をふりあげ、私にとどめをさそうとする。


『示現流……』


……「まってぇ!」


 私の視界に、女があらわれる。

 両手をひろげて、私をまもるように師匠にたちはだかった。

 師匠は刀を女にあたる寸前でとめ、キッと目尻をつりあげる。


「――えっ」


 私はその女につよい既視感があった。


「お、おねえちゃん」


 そう、私の姉だったのだ。

 姉は必死の形相で、師匠におねがいする。


「ど、どうか妹をゆるしてください……妹だけは……」

「ちっ、ぬけだしてきたか……!」


 耳をつんざくような音。姉が頬をおさえて、よこにころがった。

 師匠が姉をはたいたのだ。


「お、おねえちゃん」

 かけよった私の頬を、姉がなでた。

「おかえり、ずいぶんとおそかったじゃない」

 姉はかなしそうに、わらった。


「おまえらぁッ!」――そんな私たちに師匠がさけぶ。

「血もつながっていないくせに、なにが姉だよ、なにが妹だよ!」


 えっ……血がつながっていない?

 ギョッと、私は姉へ視線をむける。


「それはいわないでぇッ!!」――姉も師匠にまけじと、さけんだ。


「おねえちゃん、どういうこと?」

『血もつながっていない』って……。


 姉の顔がみるみるゆがんでいく。まるで『なんでそんなことをきくの』といいたげだ。


「ふふ、俺から説明してやるよ」

 師匠は注目をあつめるように、手をおおきくたたいた。


「仁禮春姫、こいつは本当の家族じゃないし、おまえの親は本当の親じゃない」

「いや、そんなことはない!」

 私はうまれてから、ずっとこの家にすんでいた。私の姉や両親は本物だ。


「じゃあ、そこでボケッとしてるヤツの顔をみろよ」

 姉はふるえたまま、なにもいわなかった。ただ、口をポカンとひらいて、視線をただよわせている。


「おねえちゃん? ねぇ、ねえちゃんからもなんかいってよ……」

「反論できないんだよ。俺がいっていることは本当だからな」


 師匠をにらみつける。

「じゃあ、なんだっていうのよ!」

「工作員だよ」

 師匠は即答だった。


「おまえの両親も姉も東日本からきた工作員なんだよ」

 なんで……ここで……東日本のはなしになるんだ。

 脳が情報を処理しきれず、ごっちゃごっちゃになってくる。そんな私の状態をむしして、師匠がさらに情報をだしてくる。


「東から家族を真似た工作員が、ぞろぞろはいってきたのはしっているだろう?」

 しっている。ホムラや木梨田の家族だそうだったといっていた。


「じゃあ、私の家族もそれだと……?」

「半分正解で、半分不正解だ」

 師匠は的を得ない答えを提示してきた。


「そもそも、家族型の工作員はおまえら、偽家族――いや、おまえをかくすためのカモフラージュだったんだよ」


 わけがわからない……「なんで私をかくす必要があるの」


「あぁ、おしえてやるよ。それはな……」

 師匠がそういいかけると。


「もう、やめてぇ!」

 ――姉がどなり声をあげた。


「春姫は春姫で、私たち家族は家族なの! それ以外の何者でも……」

「うるせぇ! なにが家族だボケェ!」


 つぎの瞬間。


 ぶしゅーッ!


 師匠の刃が姉の首筋にとんでいった。

 強烈な血飛沫とともに、姉の上半身がたおれる。

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