22
黒ぬりの高級車の集団が警視庁のまえにとまる。
そこから複数の黒服と、ほそい女がでてきた。
「おはようございます、党首閣下」
それをでむかえたのは千瀬と警察庁長官、警視総監の三人だった。
党首は三人のか顔を見わたし、挨拶をした。
「おはようみなさま。では、仁禮春姫のもとへあんないを」
すると、「大変です!」と警視庁からあせった様子の警官がでてきた。
「どうしたんだー?」
千瀬がとうと、警官が形相をかえてさけんだ。
「に、仁禮春姫がいなくなりました……!」
周囲に沈黙がはしる。党首と千瀬はおたがいに顔を見あわせ、青ざめさせた。
「ま、マズイなこれー……」
◇
「はぁ……はぁ……」
私、仁禮春姫ははしっていた。
警視庁からぬけだし、オフィス街をぬけ、繫華街をぬけ、故郷の町へ――
そしてたどりついたのは、私の家だった。
赤い屋根の一軒家。
ちかづくと、玄関口がはんびらきなっているのにきがついた。
ドクン、ドクン――心臓の音が体内でこだました。
とてつもないほどイヤな気配をかんじとる。
なんだか、玄関のさきにいったら、もう二度とかえってこられなくなるような……。
でも……しばられた姉の写真が頭にうかぶ。
私は意をけっして、一歩をふみだした。
「おねえちゃん?」
廊下にはなんの異常もなかった。リビングなどをのぞいてもなにもみあたらない。
じゃあ……二階か?
階段をのぼって、二階へいく。
二階には――両親の部屋、姉の部屋、私の部屋――三つの部屋がある。
そのうち、私の部屋だけ扉がはんびらきになっていた。
「おねえちゃん、いるの?」
そっと部屋にはいった。
ベッドに鏡に化粧品。私の部屋は警視庁へいくまえのあの日のままだった。
まぁ、数日しか日をあけてないし、おおきな変化はないか。
しかし、姉の姿はない。
「じゃあ……べつな部屋かな」
ふりむくと同時に、私は自分の目をうたがうことになる。
「よぉ……ひさしぶりだなぁ」
強烈に記憶にのこっている声――
威圧感のある、背丈のたかい『女』が扉にたたずんでいた。
「う、ウソでしょ」
一歩、二歩、私は後退する。
心の底からありとあらゆる恐怖がこみあげてくるのをかんじる。
「ほら、なにそんな顔をしてんだよ。師弟の再会だぜ?」
その『女』――私の『師匠』――『上曾洋』の笑顔はむかしとまったくかわらなかった。
いまでもほれぼれしてしまうぐらい、キレイだ。
「ど、どうして……ここに?」
やっとのことで、しぼりだせた言葉だった。
「さぁ、どうしてだとおもう?」
質問を質問でかえされた。
「もしかして……イペタム?」
「はい、だいせいかーい!」
師匠はピシッと両手を鉄砲の形にして、私へむけた。
「牢屋のなかでイペタムにスカウトされたんだ。仁禮春姫を殺す仕事があるってな」
私を殺す仕事。その言葉のぶっそうさに唖然とする。
「ふたつ返事でのっかたよ。おまえを殺せるんだからな!」
「私が……なにをしたと……?」
「なにもしてねぇよ」
師匠は私へむけて、ゆっくりと歩みよってくる。
「おまえをはじめて見たとき、つよい才能をかんじた。剣道部にスカウトしてみたら、もくろみどおり、おまえは才能を存分に発揮し、この国の頂点になった……」
「それは全部、師匠のおかげで……」
そう、あのとき、師匠のためにがんばってきたのだから。
「でも、私はそんなおまえに嫉妬しっちまったんだ。どうして、私がおまえみたいな才能をもっていなかったのかと。それで……あの事件(ざま)だ」
師匠が背から日本刀をぬいた。
「私は牢のなかで反省したんだ。よわい自分をかえなきゃいけないと。それでだ、仁禮春姫――」
刃先が私の顔へと、むけられる。
「俺はおまえを殺す。そして、おまえごときに嫉妬していたよわい自分と決別するんだぁ!」
そんなめっちゃくっちゃな……。やはり、この人はどこかおかしいのかもしれない。
バッと師匠が私にむかって、せまってきた。
『示現流・一ニの太刀』
ものすごいスピードで、刀身がふりおとされる。
寸前で私は回避するが、体のバランスをくずしてしまう。
「わっ、わぁぁぁ!」
そのまま、上半身からころんでしまった。
「一ニの太刀をかわすとは、あいかわらずおまえはすごいな。だが、これでおわりだ」
師匠がふたたび刀をふりあげ、私にとどめをさそうとする。
『示現流……』
……「まってぇ!」
私の視界に、女があらわれる。
両手をひろげて、私をまもるように師匠にたちはだかった。
師匠は刀を女にあたる寸前でとめ、キッと目尻をつりあげる。
「――えっ」
私はその女につよい既視感があった。
「お、おねえちゃん」
そう、私の姉だったのだ。
姉は必死の形相で、師匠におねがいする。
「ど、どうか妹をゆるしてください……妹だけは……」
「ちっ、ぬけだしてきたか……!」
耳をつんざくような音。姉が頬をおさえて、よこにころがった。
師匠が姉をはたいたのだ。
「お、おねえちゃん」
かけよった私の頬を、姉がなでた。
「おかえり、ずいぶんとおそかったじゃない」
姉はかなしそうに、わらった。
「おまえらぁッ!」――そんな私たちに師匠がさけぶ。
「血もつながっていないくせに、なにが姉だよ、なにが妹だよ!」
えっ……血がつながっていない?
ギョッと、私は姉へ視線をむける。
「それはいわないでぇッ!!」――姉も師匠にまけじと、さけんだ。
「おねえちゃん、どういうこと?」
『血もつながっていない』って……。
姉の顔がみるみるゆがんでいく。まるで『なんでそんなことをきくの』といいたげだ。
「ふふ、俺から説明してやるよ」
師匠は注目をあつめるように、手をおおきくたたいた。
「仁禮春姫、こいつは本当の家族じゃないし、おまえの親は本当の親じゃない」
「いや、そんなことはない!」
私はうまれてから、ずっとこの家にすんでいた。私の姉や両親は本物だ。
「じゃあ、そこでボケッとしてるヤツの顔をみろよ」
姉はふるえたまま、なにもいわなかった。ただ、口をポカンとひらいて、視線をただよわせている。
「おねえちゃん? ねぇ、ねえちゃんからもなんかいってよ……」
「反論できないんだよ。俺がいっていることは本当だからな」
師匠をにらみつける。
「じゃあ、なんだっていうのよ!」
「工作員だよ」
師匠は即答だった。
「おまえの両親も姉も東日本からきた工作員なんだよ」
なんで……ここで……東日本のはなしになるんだ。
脳が情報を処理しきれず、ごっちゃごっちゃになってくる。そんな私の状態をむしして、師匠がさらに情報をだしてくる。
「東から家族を真似た工作員が、ぞろぞろはいってきたのはしっているだろう?」
しっている。ホムラや木梨田の家族だそうだったといっていた。
「じゃあ、私の家族もそれだと……?」
「半分正解で、半分不正解だ」
師匠は的を得ない答えを提示してきた。
「そもそも、家族型の工作員はおまえら、偽家族――いや、おまえをかくすためのカモフラージュだったんだよ」
わけがわからない……「なんで私をかくす必要があるの」
「あぁ、おしえてやるよ。それはな……」
師匠がそういいかけると。
「もう、やめてぇ!」
――姉がどなり声をあげた。
「春姫は春姫で、私たち家族は家族なの! それ以外の何者でも……」
「うるせぇ! なにが家族だボケェ!」
つぎの瞬間。
ぶしゅーッ!
師匠の刃が姉の首筋にとんでいった。
強烈な血飛沫とともに、姉の上半身がたおれる。
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