21
「はぁ……なんだかなぁ」
布団によこになった私は、天井をみあげていた。
くらい闇のなか、ブリッツとホムラと木梨田のいびきがまざりあい、三重奏になっている。
夜、ねるときはいつも佩刀課のみんなと川の字になる。
『今回のイペタムの件がおわったら、私たちとキミの接点はなくなる。そして、もう二度とあうことなく、サヨナラさー』――
まえにいわれた千瀬さんの声が頭のなかをかけめぐっている。
「サヨナラって……」
つめたい彼女の言葉が、ずっと心にひっかかってしかたがなかった。
まぁ、彼女たちも仕事だ。すべてがおわったらサヨナラなんだろう。
それでも、二度とあえないだなんていわれたら……。
となりへ頭をむける。
「スゥースゥー」
夜目にブリッツの寝顔がうつった。りりしいまつ毛に、はんびらきのつやめく唇。
――あいもかわらず、かわいい顔だ。
イペタムが私から手をひいたら、イペタムがこの国からでていったら、イペタムが壊滅したら――もうこんな寝顔もみられないのかな。
「不思議だな。まだであって数日なのに、はなれるのがイヤになるなんて」
そっと、彼女の額に自分の額をくっつける。
いや……私が師匠にやられた日に幻覚で見たわけだし、数日ってことはないか。
まて、あれって本当に幻覚なのか……。たしかに本人はそんなのしらないとはいっていた。
しかし、いくらかんがえても幻覚にしてはリアリティがつよすぎるような。
「スゥースゥー」
私の思考にブリッツの寝息がまじる。
彼女の顔を見ているとなんだか、どうでもよくなってきた。
「我も……」ブリッツの寝言がひびいてくる。
「我もはなれたくない……」
もにゅっと、やさしい感触が体におしつけられる。
ブリッツが私をギュッとだきしめて、くっついてきた。
「ちょ……ブリッツ!」
なんだか、あまいかおりがただよい、頭がクラクラしてくる。
心臓がゆれて、ドクンドクンとなりつづける。
「……我もはなれたくないよ、お父さん、お母さん」
「ブリッツ……」
そうか……そうだった。ブリッツはテロリストにさらわれて、そだてられたんだった。
じゃあ、彼女の両親は……。
「お父さん、お母さん……あいたいよう」
むにゃむにゃと、寝言がつづく。
「大丈夫……私がいるよ」
そうささやいてあげると、安心したように彼女は寝息をたてはじめた。
ふと自分の家族のことをおもいだす。
「おねえちゃん元気かな……」
警視庁にきて数日。最近、姉とまったく連絡をとっていない。
いつも私の世話をしてくれた姉。
いつもやさしい姉。
なんだか、恋しくなってくる。
「明日こそは連絡しよう」
そう胸のなかで決意しつつ、私の意識はまどろみにきえていった。
◇
朝、おきてくるなり、千瀬さんからおねがいごとをされた。
「ヌフフ、今日はいっしょにいきたいところがあるんだー」
「いきたいところですか?」
「まぁ、そういっても警視庁内だけど」
朝食をとり、身支度をととえ、千瀬さんのあとにつづき、地下室からでた。
階段をのぼりおりし、廊下をわたって、扉のまえについた。
「……ここですか?」
「うん、そうだよ」
千瀬さんがドアをあけると、そこはソファ二台とテーブルがおかれた簡素な部屋だった。
壁にはおおきなモニターがついている。
「うーん、春姫ちゃん。これから、超がつくほどスペシャルなゲストがやってくるんだ。私はおむかえにいくから、ここでまっていてくれないかな?」
「はい」
千瀬さんがさったのをみおくり、私はソファに腰をかけた。
超がつくほどスペシャルなゲスト……って、誰だろう?
この超がつくほどスペシャルな事態におちいってから、なんだかそういうのにたいし、なんの特別性もかんじなくなってきた。
ビュンッ! ――唐突にモニターの電源がはいった。
「……へっ?」
画面のなかに、鮮明な画質の写真がうかびあがってくる。
ながい髪の女が手足をしばられて、口をガムテープでふさがれている。
「へっ……お、おねえちゃん!?」
その写真にうつっている女は、あきらかに姉だった。
画面に文字があらわれる。
『開放してほしいのなら、ここまでこい』
つぎにでたのは、地図だった。赤いバツ印でしめされている場所は――私の家だ。
「そ、そんな、どうして……」
頭が混乱してくる。
これをみせているのって、イペタムか……? いや、イペタム以外ありえない。
『なお、このことを誰かにはなしたり、誰かとともにきたりしたら、女は殺す』
その文章とともに、モニターの画面がきれた。
そ、そんな……姉が。
一瞬――思案する。
もうすぐここに千瀬さんがくる。そのときつたえるべきだろうか?
……否。
誰かにはなしたら、殺すといっていた。
もしかしたら、そのことを見こして、警察内部にスパイがいるのかもしれない。
「……」
私は扉に人の気配がないことを確認して、そとにとびだしていった。
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