20

 時刻はすすみ、翌日の午後七時すぎ。

 西日本の党首官邸には近衛部隊隊長、国防軍元帥、警視総監などなだたる要人たちがあつまっていた。そのなかに千瀬の姿がみうけられる。



「うぅ……こほん」

 会議室。きゃしゃでおとなしそうな女が椅子にすわるなり、せきばらいをした。彼女こそが西日本の党首だ。


「では、閣下もいらっしゃったことだし、はじめましょうかー」

 千瀬がそういうと、国防軍元帥が露骨にイヤな顔をする。


「あなたの裁量で閣下ならび我々をよびだすとは、どういうおつもりで」

「まぁ、いいじゃないですかー。そうカリカリしないで」

 千瀬はへらへらとわらった。そのようすに元帥がますます顔をしかめた。


「千瀬課長……ほんとうに大丈夫なんですよね?」

 党首が眉をひそめて、千瀬を見た。千瀬をおこっているというよりも、心配しているようにみえる。


「ご安心ください、閣下。……で、今回の議題はイペタムについてです」

 場がきゅうにザワつきはじめた。

「い、イペタムって……!」

「あのテロリストどもか?」

 どうやら、予想外の言葉だったらしい。


「ちかごろ我が国の軍部では、撤退したドイツ軍のかわりにイペタムを駐在させるという案がはびこっておられるようで……」

「お言葉だが課長」

 元帥が千瀬につめよった。


「イペタムはドイツをはじめとする数十か国で事実上、和平状態にある。それに最近はテロの兆候もみえず、和平や同盟をむすんでもなんの問題はないとかんがえられる」

「このまえ、あんたらのところの少佐がおそわれたのに?」

「さて、なんのことやら」

 とぼけるように元帥は首をかしげた。


「ふざけるなー!」

「ドイツとの関係はどうするんだー!」

 元帥の言葉に反応して、おおくのヤジがとんでくる。親ドイツ派の要人たちだ。

 それにたいして、元帥は顔をまっ赤にした。


「あの独ソ戦の惨状を見ろ! 六〇年もやっていまだに決着がないどころか、泥沼の泥沼、もうグッチャグチャ! おわったころにはドイツもソ連も共死(ともじに)だろう」

「まぁまぁ、おちついてー」

 千瀬が手をふって元帥をなだめた。


「しかしながら、イペタムと手をくむのはあぶないというか……絶対にダメだとおもうよ」

「なぜだ!」

 元帥の気迫にさらされている自覚がないのか、千瀬は飄々としていた。


「だって、国家転覆罪に加担した集団ですよー?」

「こっ、国家転覆……罪!?」

 またもや場がさわがしくなる。それは、さきほどよりもおおきかった。


「えぇ、警視庁内にテロをおこそうとした集団がおりました」

 場の視線が一瞬にして、警視総監へとむかった。

「ちょ、ちょっと……千瀬くん?」

 きのよわそうな女――警視総監が目をうるませて千瀬をむく。

 どうやらその事件は警視庁内で処理して、隠蔽するつもりだったらしい。


「その集団は私たちで処理しましたから大丈夫ですが、のこされた現場にイペタムの痕跡がございました」

 天井から突然、たれ幕がさがってくる。

 完全にさがりきると、その表面になにかの機械の写真がうつった。

「見てくださいこれを――これは集団が使用しようとしていた爆弾です。その形状や性質からイペタム製のものであることがわかります」

「冗談はやすみやすみいえッ!」

 元帥が発狂した。


「イペタムは中国の過激派にも武器輸出をおこなっているのだッ! イペタムからでなくても入手できるわ!」

「あなたこそ、冗談はやすみやすみいってください」

 党首が元帥をにらみつけた。


「近年の関係のひえこみで、中国当局が我が国への輸出や渡航を大幅に規制しております。その状況下で我が国へ武器をおくれるわけないでしょう」

「だってさー元帥?」

「で、でも……」

 元帥のまっ赤な顔がどんどん青くなっていく。


「このままイペタムを擁護してたら、下手したら外患誘致未遂になっちゃうかもよ」

 くぅ……。元帥はガクッとうなだれる。


「というわけで、党首閣下および各要人のみなさまにはイペタムの危険性をご理解いただけたとおもいます。今後は我が国一丸となってさらなる警戒と、イペタムに対抗するためのあらたな法の制定を期待しております」

 千瀬の言葉で、会議はしめくくられた。


「ふぅ……」


 会議がおわり、会議室から要人たちがでていった。

 のこされた党首のとなりに千瀬がすわった。


「随分、おつかれのようじゃないかー」

「そりゃそうだよ。国家元首なんてなるもんじゃないよ」

「本当に党首閣下はたいへんそうだなー」

「ダーメ」

 党首は手を、千瀬の背にまわした。


「ふたりでいるときは『お・ね・え・ちゃん』でしょ」

「はいはい、おねえちゃん」

「よくできました」

 よちよちと党首の手が千瀬の頭をなでる。


「もう、あいかわらずシスコンだなー」

「シスコンな私はキライ?」


 一般にはしられていないが、千瀬は党首の妹だった。千瀬が佩刀課で自由に行動ができたり、各要人をよびだすことができたりした要因だった。


「もっと、シスコンになってもいい?」

「ちょっと、イヤかも……」

 あきれた表情の千瀬が首をふって、拒否をする。


「あら、じゃあここにのこった理由って?」

「東との関係のことさー」

 ポケットから携帯をだした千瀬はそれを党首にみせた。


「ドイツ軍なきあとの我が国の防衛……。もしかすると、東のうごきをとめられるかもしれないぞ」

「こ、これって……?」

 画面にうつしだされたのは、仁禮春姫の画像だった。


「イペタム関連でね。この仁禮春姫のことをしらべていたら、おもしろいことがわかったんだー」

「おもしろいこと……?」


 くいついてきた党首の顔をみて、千瀬がにやける。

 そして、千瀬は意気揚々と、自分がしらべた内容をかたったのだった。

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