16

「というわけでみんなおつかれー!」


 千瀬さんのむかえがきて、私たちは無事地下の和室へと帰還したのだった。


 どういうわけか、テーブルのうえには豪勢な食事がずらぁ〜とのっていた。

 寿司やら天ぷらやら、部屋の雰囲気にあわないピザやらハンバーグやらがならんでいる。


「これはいったい……」

 私がおどろいていると、となりにいた千瀬さんが口をひらいた。


「春姫ちゃんを救出できた記念にみんなでパーティーしようとおもってー」

「なにが救出できた記念だ?」


 不機嫌そうにうなったのは、ブリッツだった。

 ピザを口におしこみながら、頭の猫耳をピンとたてている。


「千瀬……貴様、中部が我らをかどわかすことをしっていただろう。なのに、なぜはなさなかった?」


「ヌフフ、本当にごめんよー」

 言葉のわりにはたいして、反省をしていなさそうだった。

「なんたって、確証がなかったからねー。不正確な情報をつたえて、混乱させるのわるいかなーとおもって」


「……そいうことにしといてやる」

 ブリッツの視界からは、あきらかに疑念がきえていない。


「まぁ、いいじゃないかー。今回の一件で軍に恩をうることができたし、軍人がおそわれたとなれば、軍もイペタムとは交渉しづらくなっただろう」


「まったく、調子にのんなや」

 千瀬さんのとなりで、木梨田がぼやいていた。

 というか……木梨田いつのまに……?


「いたわ! 中部の車のなかからホムラといっしょにいたわ!」

 ウソだろう――彼女がいっていることが本当だとしたら、どんだけ影がうすいんだよ。


「ヌフフ、ほんとホムラより忍者しているよねー」

「ふん、べつに僕は忍者じゃないッスから……」

 ホムラが頬をふくらませながら、寿司をつまむ。


 そうだ……寿司だスシ、すし。

 ここしばらくたべていなかったから、自然とたべたくなってくる。


「いま、寿司をめしたいとおもっただろう?」

 ブリッツが身をよせてくっついてくる。


「よくわかったね……」

「さっきから、寿司ばっかりチラチラみているからな」

 えぇ……そんなにチラチラみてたのー!?


「今日は私のおごりだからなー。腹いっぱいくえよー」

 そういって千瀬さんは私の背中をバシッとたたく。


「じゃあ、春姫ちゃんアーン」

 ホムラがサーモンを箸ではさんで、私の口へちかづけてきた。


「ホムラァ……」

 またもや、ブリッツからメラメラともえる気配がただよってくる。


「……冗談ッスよ」

 ホムラはしかたないといいたげに、サーモンを自分の口へほうりこんだ。


「じゃあ、春姫、アーン」

 ブリッツがマグロをつかみ、私の口へとはこぶ。


「あ、アーン」

 私はそれをもぐもぐとたべた。


 ……おいしい。

 ひさしぶりなこともあってか、今日の寿司はいつもよりもあじわいぶかかった。



 たのしい時間もすぎさり、翌日。


 雑用もとくになにもないみたいで、私は和室でゴロゴロしながら、テレビをみていた。


 画面にはニュースがうつっており、中部の車がおそわれたことが報道されている。

 もちろん、私や佩刀課についてはなにもふれられていない。


 ニュースの話題が、東日本の国王の崩御にきりかわった。画面には壮年の女性の遺影がうつしだされる。

 そういえば、よく姉が私と国王の顔がにているとかいっていたな。

 一時期、あらてのいやがらせかとおもっていたが、わかいころの国王の写真をみてみると、微妙ににていた。


「バァッ!」

「ワッ」――唐突なおどかしに、毛がさかだってしまう。


「ヌフフ……びっくりしたかー?」

「……千瀬さん」

 千瀬さんは腰に両手をつけてヌフフとわらっている。


「で、ゆっくりしているところわるいんだけどさー、おつかいをたのめないか?」

「おつかい……ですか?」

 いままでにない雑用をたのまれた。

「それってどこに?」

「うーん、玄関かな」



 警視庁の出入り口。そこはおおきなホールだった。受付のまえにいくつかソファがおいてある。

 そのひとつに軍服をきた女――中部がすわっていた。


「あの……」

「うん、誰だし?」

 中部は警戒するように、こちらを見る。


 そりゃそうだろう。いまの私はサングラスとマスクをつけており、顔がわからない。

 念のための、変装だった。


「あの、私は……」

「いじわるしてごめんだし。春姫ちゃんでしょ?」

 中部はニッコリした。


「これ千瀬さんからです」

 背につけた鞄のなかをみせる。

 そこにはいっていたのは、紙包みだった。


「おぉ、ありがとうだし。じゃあ、これを千瀬部長に」

 鞄に紙包みと交換するように、封筒がいれられた。


「これって……?」

「軍が入手したイペタムの情報だし」

 中部が耳元で、そうささやく。

「えっ、そんなのいいんですか?」

 ふつうに機密情報なんちゃら罪に該当しそうなのだが……。


「いいんだし。私もコレもらったし」

 そういって、私に紙包みを見せてくる。

「警察と軍の情報交換だし」

「じゃあ、それって……」


 警視庁のイペタムの情報……?


「またな。元気で」

 中部はちいさく手をふって、さっていった。


「……そういうこともあるんだな」

 踵をかえして、地下へとつながる扉へむかう。


「おっ、春姫じゃないか!」

 道中、ブリッツとあった。

 いつもの制服姿とちがって、ボーダーレスの白いワンピースを身にまとい、頭のヘアバンドは青色になっている。


「どこかにおでかけするの?」

「正確にはかえってきたところだ。せっかくの休暇だし、羽をのばそうとおもってな」

「いいじゃん、どこにいってきたの?」

「過日のカフェだ」

 これはおみやげだ――彼女はビニール袋にはいった箱をみせる。

「これって……」

 このまえ、ゴマとクマといっしょにいったカフェのものだ。

「ここのケーキはまことに美味であるからな。のちほど、ともにたのしもうぞ」

 おぉー!


 ワクワクと心をときめかせて、地下の和室にもどってきた。千瀬さんがいなくなったので、鞄を畳においておく。


「いやぁ、まだ春月だというのに、外はもう朱炎のごとくあつかったぞ」

 畳にすわったブリッツが足をのばし、ハンカチで体の汗をふいていた。


 白ワンピのブリッツ。

 よく見たら、露出がおおい。

 ほそい首筋、むきだしになった肩と脇のした、すべすべしていそうな太腿。そしてひらけた胸元――


 ドキッと心臓がたかなる。私の頭のなかをかけめぐっているのさ、ホテルで見た彼女の裸体だった。


 あの、うるわしき裸。


 すぐにブリッツから目をそらす。本人のまえでそんなことをかんがえるのは最低だ……。


「なぁ、春姫」

 ビクッと背筋がのびる。

「は、はい?」スケベなことをかんがえていたことがバレたのか?


「汗もけっこうかいたからな――ともに温泉でもどうだ?」

「えっ……」予想外の提案。


 パチクリと瞼をうごきがはげしくなる。

「マジで……?」

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