15

 国防総省――西日本の防衛をつかさどる行政機関。

 おもに国防軍の運営および、ドイツとの軍事条約にかかわる仕事を担当している。


 その庁舎の一室。

 千瀬航路の目前には、軍服をきた女性たちがすわっていた。


 はなたれている雰囲気から、組織の上層部の人間であることがわかる。

 その女のひとりが口をひらく。


「アメリカが崩壊してから三三年。冷戦がおわっても、独ソ戦はつづき、最近では過激派団体が幅をきかせている。いっこうに世界平和はおとずれませんな」

 千瀬は興味なさげに、頭をかいた。


「そういう外交とかは政治家とかの仕事だろー? 私たちにできるのは殺しだけさ」

「その殺しで、我が国が平和になるなら本望ですが」


「ヌフフ、はたしてどうかな――で、そんなはなしをするために私をよんだんじゃないだろー?」

 はい、そうですね――女はおちついた口調でうなずいた。


「仁禮春姫の件ですが、やはり軍で保護することにしました」

「えぇーやっぱりぃ?」

「警察庁長官および警視総監の許可はえています。あとはあなただけですよ、千瀬特別佩刀課課長」

 千瀬はためいきをついた。


「そこまでして、イペタムとなにを交渉するつもりなんだー?」

「交渉? ちがいますよ。われわれはテロリストにねらわれている女子高生を保護するだけです」

「ウソだなー」

 千瀬はあっけらかんといった。


「どうせ、イペタムとなかよくするためだろー?」

「……ッ!」

 千瀬の指摘に女の顔がゆがむ。図星だったようだ。


「そうだよなーいまこの状況で東日本にせめられたら、国防をドイツにまかせきっていたことがバレるからなー。そうすれば、軍の権威が……」

 女がつよく机をたたき、はなしをさえぎる。そして、千瀬にちかづくと、その首根っこをつかんだ。


「失礼ですぞッ! 我ら軍を侮辱することは、閣下の統治そのものを侮辱することにひとしい!」

 閣下とは西日本の国家元首である『党首』のことをさしている。

「あなたさまなら、それをおわかり……」


 そんなときだった。

 ブルル……ブルル……。

 千瀬のポケットからバイブ音がきこえてくる。


「ちょっと、ごめんよー」

「か、課長!?」

 千瀬は携帯をとりだし、耳につけた。


「もしもし木梨田? あぁ、やっぱりね、はいはい……」

 電話はすぐにきれ、千瀬はふたたび女たちのほうをむく。


「どうやら、中部少佐の車がおそわれたそうだぞ――イペタムに」

「な、なんだって……!?」


 部屋中にどよめきがはしる。


「……」

 女は千瀬から手をはなした。

 千瀬は服装のみだれをなおすと、女たちにむきなおる。


「まぁ、安心しろよー。むこうには我が佩刀課の若い衆がいるからさー」

「軍人が警察にたすけられたとなったら……」

 女たちは憤怒が表面にあらわれたようで、貧乏ゆすりをはじめたのだった。



「はぁ……はぁ……」

 私、仁禮春姫は車内で息をひそめていた。


 窓から見えるのは、武器をもつ女たちの軍勢。

 みんな、顔を能面でかくし刀をかまえている。


 それにたちむかうのは――四人。


 ブリッツ・ホーホゴット。

 阿部淵ホムラ。

 中部十花。

 そして、車を運転していた軍の女の人。

 ブリッツとホムラは日本刀。中部と女の人は短刀。それぞれの得物をもって能面につっこんでいった。


『天然理心流・石火剣』

 あいもかわらず、ブリッツの剣の腕はプロ顔まけのものだった。とんでもないスピードで敵をきりきざんでいく。


「僕もまけてられないッスね!」

『タイ捨流・猿廻』

 ホムラはよこにとびながら、敵の刀をはらう。そして、隙ができたところをきりすてた。


「ぐわぁぁぁ!」

 それをかわきりに、能面をどんどんたおしていく。

 しかし、そのうしろから能面の攻撃がとんでくる。


「まかせろし」

 ホムラの背をまもるように、中部がしゃしゃりでてきた。

『鹿島神傳直心影流・八寸の延金』

 中部はまるでおどるように能面を翻弄し、的確に急所に短刀をさしていく。

 そのうごきは剣術となにか柔術らしきものがまざっているようだった。


 すごい……みんな、すごい……。

 そうおもいながら、自分の手に視界をおとした。


 ……私って、井のなかの蛙だったんだな。

 全国大会で優勝して、最強になったつもりでいたのかもしれない。あの人らとくらべて、私はまだまだ雑魚だな……。


「大丈夫ですか?」

 ポンッと背をたたかれる。

 いつのまにか、車を運転していた女がちかくにいた。


「あっ……あなたは……!」

「私は中部九念(ちゅうぶくねん)。十花の妹です」

 ……いわれてみれば、たしかに中部とにているかも。


「って、ここにいていいんですか?」

「姉から、あなたの守備をまかされたもので」

 それに――九念さんの瞳は中部をとらえた。


「いくら大人数が相手だろうと、姉がまけるわけがありませんもの」

「は……はぁ」

 九念さんの姉をおもうキモチに感心をおぼえつつ、彼女たちのたたかいをみまもることにした。



 西へしずむ夕日は、世界をまっ赤にそめあげていた。

 高速道路にたたずむ私たちや、

 地面によこたわる能面たちの遺骸、

 そして、後始末をしにきた軍用車たちすらも、染色からのがれることはできなかった。


 軍の人からきいたのだが、今回の後処理うんぬんで、私の輸送は見おくりになったらしい。

「おい、中部」

 軍用車にむかってあるいていく中部と九念。ブリッツは中部のほうの足にだきついて、うごきをとめる。


「どうして、我もこの場につれてきた? 春姫をかどわかすつもりなら、私はいらないであろう?」

 中部はやさしそうにほほえむと、ブリッツの頭をなでる。


「仁禮春姫のついでにさらって、妹にしようとしただけだし」

「……低俗だな」

「そんなことないし」


 中部は頭から手をはなし、ふたたびまえをむいた。


「我にとめてほしかったのだろう? このふざけた作戦を!」

「……」

 最後までなにもいわず、中部は軍用車の後部座席にのって、さっていった。


「……ありがとうな、中部」

 彼女をみおくるブリッツの背姿。

 郷愁をただよわせる西日にてらせれ、みょうにさみしそうだった。


 なんだ。ぜんぜんイヤじゃなかったんじゃん。

 そんなことをかんがえていると、となりにいたホムラが私の肩をちょんちょんとたたいた。


 なんだろうとおもってそちらをむくと――チュッ♡

 やわらかいものがくちびるにあたる。


「えっ……」

 そして、すぐにそれははなれる。

 目前にはいたずらっ子のようなえみをうかべたホムラがいた。


「はじめて、いただきッス!」

 そのとたん、私の顔から火がふきだす。


 ま、まさか私とキスしたのか……!?

 というか、そんな……私のはじめてが……初キッスが……。

 衝撃のあまり、膝からくずれてしまう。


「おい、ホムラァ……!」

 メラメラともえる炎のような気配をかんじる。

 ブリッツが鞘から刀をひきぬいていた。


「あんまり、春姫をからかうなといったであろう!」

「ちょ、ブリッツ、じょ、冗談ッスよ!」


 ホムラがあせったように、とりつくろうとしたが、おそかった。


「天誅ゥゥゥ!」

 ブリッツが刀をふりあげて、ホムラにきりかかった。


「ひ、ひえええ! 冗談じゃないッスよ!」

「冗談なのか冗談じゃないのか、ハッキリしろ!」


 千瀬さんのむかえがくるまで、ふたりは鬼ごっこをつづけたのだった。

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