14
「おい……おきよ!」
地獄でゆれる海賊船をもしたブランコのうえで、いけづくりにされる夢をみていた。
「おきよ、春姫!」
しかし、その夢は鼓膜を振動させる甲高い音にきりさかれる。
瞼をひらくとそこは、しらない部屋だった。
ひろさは二畳ぐらいで、壁についた長椅子がむきあっている。
窓にうつる風景は、すべるようにあらわれてはすぎさっていく。
ここって、もしかして――車のなか?
おおきさからして、ワゴンのようにおもえる。
「ようやく目ざめたか……」
となりにブリッツがすわっていた。
しかし、その手には手錠がかけられ、脚は長椅子に固定されている。
私もおなじように、拘束されていた。
「こ……これって!?」
「やられた……。あの中部下郎、我らをかどわかしおった!」
その声にはかなりの怒気をはらんでいる。
「まって、なんで中部さんが私たちを?」
「そんなのしるよしもなし!」
ブリッツの返答は、おもいのほか正直だった。
「それにしても、癪にさわるぞ……あの短刀術」
苦虫をかみつぶしたように、ブリッツはグッと口をとじる。
かなりくやしそうだ。
「まさかあんなので、我まできをうしなってしまうとは……」
「そりゃどうもだし」
まえのほうから中部が姿を見せた。
「ちゅ……中部!?」
「目上の人には『さん』をつけるか称号でよぶし」
中部はふふんと鼻をならすと、私たちの正面の長椅子にすわった。
「ストレートにいうけどさ、仁禮春姫――今日からキミをあたしたちで保護することになったし」
「……ッ!?」ど、どいうことだ……。
「もしや、貴様ら……」
ひくい声で、ブリッツがいった。その目元はくらくなっていてよく見えない。
「春姫をダシにして、イペタムと交渉しようとしているのか……?」
「軍の上層部がきめたことなんだし」
中部はジッと窓のそとをみた。
ただ景色をみたかっただけのようにおもえるが、私にはそとにナニかがいないか確認しているようにみえた。
「我が国の国防の『かなめ』だったドイツ軍がいなくなったいま、あたらしい『かなめ』が必要なんだし」
「……春姫をわたして、イペタムにドイツのかわりになってもらおうと?」
「……」
中部はだまりこくる。沈黙はもはや肯定とおなじだった。
「つ、つまり」……この国は私を生贄にしようとしていると。
それって、場合によっては私の命もあぶないんじゃ……。
自分のおかれている状況を自覚すると同時に絶望した。
あぁ、まったくどうして、こんなことに……。
私が心中でそうつぶやいたときだった。
「ふざけるなッ!!」
いままできいたことがないような――大怒号。
それをはっしたブリッツは涙をながしながら、中部をねめつける。
「ブリッツ……」
「イペタムが貴様らのような小物とまともな交渉をするわけないだろう! それで一〇年前に反省したんじゃないのか!? それともあの反省はその場しのぎだったのか! ましてや、我の朋輩をさしだそうだなんて……」
感極まったのか、途中でかんだり、発音がおかしくなったりしたが、いいきった。
いいきって、「うぅぅ」とうめき、ついには号泣してしまった。
ブリッツ、いったいなにがあったんだ……。
彼女のなき顔をみていると、だんだんせつなくなってくる。
「……」
中部はすこしのあいだ、うつぶせになったのち、無表情になって顔をあげた。
「……さっきから、ニ、三台の車両がこの車をおいかけてきてるし」
「えっ、それって……もしや」――イペタム?
ドンッと音をたて、車がふるえる。
リアウィンドウには、かなり至近距離でうしろの車がうつっていた。
あの車から、体当たりをされたのか……?
すると、きゅうにこの車のスピードがおちていき、ついにはとまってしまう。
「ちょっと、なにしてんだしッ?」
中部がまえのほうに声をかけると、
「すいません、道がふさがれているんです!」
と女の声がかえってきた。運転手かなにかだろうか。
「やられたしッ! ここで仁禮春姫をうばうつもりか……」
「ちょ、ちょっと、どうするんですか、これ?」
中部は私のといかけにはおうじず、ブツブツとなにかをつぶやいている。
「おい中部! 我らを解放しろ!」
ブリッツはなきおえたようで、いつもの顔にもどっていた。
「……いや、そんな必要はないし」
中部はふところから、短刀をとりだした。
「痴れ者!! 短刀が太刀、まして大人数にまさるわけなかろう!!」
「そうッスよ」
どこからともなく、声がきこえた。
つぎの瞬間、ぼわんと煙が車内に充満する。
「な、なんだ……?」
「毒ガス?」
「いや、ちがうッス」
すぐに煙はきえ、人影があらわれる。
「もしや……そなた」
「ホムラ?」
正解ッス――ホムラはにっこりとピースをすると、私たちの体を指さした。
見てみたら私とブリッツの拘束がはずれていた。
「い、いつのまにいたし……!?」
中部が目を白黒させている。
「最初からいたッス。千瀬さんの指令で春姫ちゃんの警護をしていたんッスよ」
「じゃあ、そなた、ずっと我らを見殺しにしてたのか?」
ブリッツがキッと目尻をあげた。
「隙をみてにがそうとしたんッス。接近戦のエキスパートである少佐にたたかいをいどむわけにもいきませんからね」
「それもそうか」
ブリッツは納得したようにうなずくと、中部をむく。
「おい中部、ここは我らと同盟をくまないか?」
「同盟ってなんだし?」
「相手は大勢、こちらは小勢。ならば、小勢は小勢なりに力をあわせねば大勢をうちくずすことはできんだろう!」
中部はすこしのあいだ思案したのち、うなずいた。
「じゃあ、しかないし」と短刀をかまえなおす。
「それがよい」
ブリッツもホムラから日本刀をうけとると、鞘から刃をだして、かまえた。
『天然理心流・平青眼』
「あ、あの……私はなにを?」
「春姫ちゃんは車のなかでかくれていて」
ホムラの助言どおり、私は身をちぢこませた。
「よし、一騎当千――ヤツらを駆逐するぞ!」
ブリッツのかけ声とともに、たたかいの火蓋がきられた。
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