12

 警視庁にかくまわれてから数日。

 私はいちどもそとにでていない。昼間は佩刀課の雑用をして、夜は和室で寝泊まりをしている。


 もちろん、学校には登校しておらず、単位が心配でしかたない。そういえば、ゴマとクマは大丈夫かな……しっかり宿題はできているかな。


 姉には学校の合宿があるとウソをついた。佩刀課のことや私の現在の状況のことは口外禁止らしいので、はなしてはいない。


 相手はテロリスト――安全をかんがえれば、姉をまきこまないほうがいいだろう。


「はーい、みんなー」

 ダンボールをはこんでから、昼食をとったあと、私たちは道場にあつまっていた。


 みんな作務衣(さむえ)のうえに防具を着用している。どうやら、これから稽古をするらしい。

 なんだか、ブリッツやホムラが防具をつけていると、剣道部のように見える


 中学校のころとか、師匠のこととか、おもいだしてなんだかいやだなぁ。私は剣をにぎることができないので、すみで見学をしていた。


「――、――!」


 彼女たちはかけ声をあげながら、竹刀をふるっている。

 生半可に剣をふるっていたからわかるが、彼女たちの筋はプロレベルだ。


 とくにブリッツ。彼女の剣をふる姿勢は、かなりととのっている。

 ちいさなときから、プロに剣をおしえてもらわなきゃ、ああはならないぞ。


「春姫ちゃーん、ヒマなんのかい?」

 作務衣をきた千瀬さんがやってきた。


「ヌフフ、よかったら、春姫ちゃんもなんかやる?」

「いえ」私はことわった。

「私にできることはないので……」


 そういいながら、自分の手をしめした。

「じゃあ、もたなくていい、手甲鉤とか?」

「てっこうかぎ?」


 なじみのない言葉がとんできた。


「ほらこれこれ」

 千瀬さんがスマートフォンの画面を見せた。

 それには手の甲に装着された鉤爪がうつっていた。なんでも、忍者がつかう武器なのだという。


「手はうごかなくても、肩とか腕はうごくんでしょ? なら、つかえるよー」

「柔道とか空手とか……直接たたかうやつは苦手なんです」


 そう、私は体術が苦手なのだ。


「うーん。できるとおもうんだけどなー」

「ムリですよ。ムリムリ」


 ちょっと興味はわくものの、私は首をふって否定する。

 師匠の一件があって以降、そういう武術とかから距離をおきたかったのだ。

 どうしても……師匠をおもいだしてしまうから。


「じゃあ、これとかはッ?」

 つぎに千瀬さんが見せてきたのは、白黒の写真だった。

 そのなかで、軍服が縦長の鉄の塊をかまえている。


 これ……「銃じゃん!」

「一瞬で敵を粉砕できるし……体術じゃないし……ものによっては手をつかわないし……」

 いやいやいや……。


「銃は禁止されているでしょう! それこそ粉砕されますよ!」

 戦後の国際条約により、全世界で銃火器が規制された。


 それをやぶったら、個人であれ、国であれ、地球全体を敵にまわすことになる。

 だから、今現在、銃はふるい写真のなかでしか存在していない。


「じゃあ、いっそ爆弾とか……」

「……」もう、なにもいえない。


 ついでに爆弾類は規制されていない。

 ソ連への侵攻を計画していたドイツと、核兵器でドイツを牽制しようとしていたアメリカにより、規制は見おくられたとか。


「千瀬もあまり春姫をからかうでない」

 ブリッツが頭の防具をぬぎながら、あるいてきた。


 ブロンドが宙にまい、ほんわかとあまいかおりがただよってくる。汗ばんだ首筋はセクシーで、おもわず視線をそらしてしまう。


「ヌフフ、つい……ね」

 千瀬さんがウインクをして、その場からはなれた。


「千瀬もわるいやつではにんだ。まぁ、きにせんでくれ」

 ブリッツもそういいのこして、踵をかえす。



「というわけでみんなおつかれなー」

 千瀬さんが手をパンッとたたく。

 稽古の時間がおわり、私たちは和室で休憩していた。


 まぁ、私はなにもしていないが。

 千瀬さんがほうじ茶、ホムラがスポーツドリンク、木梨田がコーラと、それぞれすきなものを口にしている。

 私は枯山水にめんした縁側にすわっていた。


「おつかれだな」

 ねぎらいの言葉とともに、ブリッツがあらわれる。

 その片手にはストローのついたペットボトルがにぎられていた。


「茶でよかったか?」

「あ、ありがとう」

 ストローが私の口へとちかづけられたので、そっとくわえる。


「おいしいか?」

「うん、おいしい」

 さすが大手の飲料メーカーがつくったお茶なだけある。


「そなたの口にあうものをさがしていたのだが、これでよかったか?」

「うん、ありがとう」


 私がそういうと、ブリッツがうれしそうにわらった。

 ブリッツの笑顔を見ていると、こっちまでが笑顔になってくる。


「ふふ……」

 そんな私の様子をホムラがニヤニヤしながらみていた。

 その視線にきづき、私はハッとして顔をそむける。


 まったくあの人はなにをかんがえているんだ……。


「ねぇ、春姫」

 ブリッツが私の顔をのぞく。

「ここにきてたのしいか……?」


 たのしいかといわれたら……。


「うーん、まだ、わからないかな」


「そうか」

 しゅんとしたかんじで、ブリッツが地面をむく。


「いまだにイペタムの尻尾はつかめていないんだ」

 イペタム――私をねらうテロリスト集団。

 その理由は不明なのだという。


「……すまんな、こんなところに長居させちゃって」

「大丈夫だよ、きをつかわなくて」

 ギョッとブリッツは私の顔をのぞいた。


「というか、私をまもってくれてありがとう」

「『きをつかうな』はこっちのセリフだ。心にもないことをいうでない」


 いじけた子供のような声音で、かえされた。

 たまにブリッツは子供のような顔をみせることがある。刀でやすやすと人を殺すことができる彼女だが、やはり年相応の女性なのだろう。


「あっ、そうだー!」

 またもや、パンッと千瀬さんが手をたたいた。


「ブリッツ、明日お客さんがくるぞー」

「我に来客が……?」


 ブリッツが露骨にイヤな表情になった。

「どうせ、チューブだろう?」

「よくわかったなー」

「我のもとをたずねるモノずきはヤツしかおらん」


 誰だろうか、そのチューブとやらは。


 そのことをきこうとおもった矢先。

「明日、私とホムラくんと木梨田が用事でいないんだよ。だから、ブリッツと春姫ちゃんで対応してくれないかなー?」

 とはなしがすすんでしまった。

「なんと……我と春姫だけであの俗物の相手をしろと!?」

 ブリッツがしんじられないといいたげに、目と口をおおきくひらいた。


「あ、あの……」

 はなしの腰をおるようでわるいが……おそるおそる質問をしてみる。

「あん、なんだ?」


「そのチューブって、誰なんですか?」

 ブリッツと千瀬さんが顔をみあわせ、苦笑する。


「「ひとことでいえば――変人だ」」

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