10
私はホムラにつづき、人どおりのおおいオフィス街をあるいていた。
まわりは背のたかい墓石のようなビルディングがたちならび、そのすぐよこでは、おおくの車がれつをなしていた。
本当にここは、私がいていい場所なのだろうか。
節々からくる都会な雰囲気をかんじるたびに、私の田舎者マインドはそんなことをはっしていた。
ふと、ホムラが足をとめる。
「ここッスよ」と指でしめした場所は……あきらかに警視庁だった。
正確にいえば、警視庁本部庁舎。
よく刑事ドラマとかでみる電波塔みたいなのがたっているビルだ。
「ここに、ブリッツがいるッス」
そうつげるホムラ。
えぇー! ここにいるの!
あらぬ衝撃が頭頂部から足先までながれていった。
刀とかもっていたから、もしかしてお縄についちゃったのかな?
「ちがうッスよ」ホムラは否定した。
「百聞は一見に如かず――ついてきて、そしたらわかるッス」
そういわれたので、素直についていくことにする。
「こんにちは、どのような御用件で」受付ででむかえてきたのは中年女性だ。
「『……』」
ホムラがききとれない言葉をいうと、中年女性はだまってうなずく。
そして、私たちを白い扉のまえまで案内してくれた。
「では、私はこれで」
中年女性の背を見おくると、ホムラは扉をあけてなかへはいっていった。
「うわぁ……」
そこは金属の壁と天井にかこまれた空間だった。
ホムラがわきにあったボタンをおすと、白い扉の内側にあった金属の引き戸がしまり、部屋がゆっくり降下する。
これって、エレベーター?
「ここからさきは企業秘密。他言は無用だッスよ」
そうか、さっきの言葉は合言葉ということか。
じゃあここは、合言葉をいわないとはいれない秘密基地みたいな場所か。
「あ、もし、誰かにはなしちゃったら死ぬッスからね。マジで」
「……マジ?」
丁度――私が反応したタイミングで、エレベーターがうごきをとめる。
数秒後、引き戸がひらいた。
「ふぇっ……」さきにひろがる景色を見て、唖然とする。
そこはおちついた、和室だった。
畳のうえにはあわいかおりがただよい、しづけさが室内をつつむ。
壁には障子があり、そこから本格的な枯山水が姿をみせる。部屋の中央にはひくいテーブルがおかれ、そのまわりには座布団がならべられている。
「お、もどってきたかー」
その座布団のうちのひとつに、女性がすわっていた。
「あれ、その子はー?」
女性は私を見ると、目をまるくする。
「この子は春姫ちゃんッス。ほら、例の」
ホムラが私を紹介してくれた。
「……ヌフフ、キミが仁禮春姫ちゃんね」
さがっている目尻や、あがっている口角もあいまって、女性はやさしそうな人にみえる。
だが、くだけた口調ではっせられる声は、どこかつめたい雰囲気をまとっていた。
「私は千瀬航路(ちせこうろ)。いちおう、この課の課長をやっているぞ」
「課?」
「なんだ、ブリッツのヤツ、説明してなかったのかー」
千瀬さんはポリポリと頭をかいた。
そのとき、枯山水からききおぼえのある声がきこえてきた。
「佩刀課(はいとうか)のことだ」
この声は……「ブリッツ!」
私がといかけると、わらい声がきこえてきた。
「おぉ、春姫。きたんだな」枯山水からブリッツがはいってくる。
なぜかバスローブ姿で。
「――!?」
なにをしていたのかわからないが、髪や胸の谷間がぬれている。
それがなんとも色っぽくて、絶句してしまう。
「温泉で汗をながすのが最近のマイブームなんだ。どうだ、春姫もともに裸のつきあいをしないか?」
「裸なら朝の時点で、お腹いっぱいです……」
ここになぜ、温泉があるのか疑問をいだいたが、つっこむのはなんだか無粋なかんじがするのでやめた。
「よーし、一味徒党――これで全員そろったってかんじだな」
ブリッツは千瀬さんに体をふいてもらいながら、私たちを見まわした。
「ちょっとまて……木梨田がいないッスよ」
ホムラが、キョロキョロとまわりを見わたす。
「ここや、ここ!」
すぐうしろから声がしたので、ふりかえる。
そこには背のたかい女性がたっていた。つばのおおきい黒い帽子と、黒いコートをきている。
「いつのまに……!」
「いつのまにもなにも、ずっとここにいたわボケカスゥ!」
女性は機嫌わるそうに、ぼやいた。
「こいつは木梨田青伊(きなしだあおい)だ。目だつ格好してんだけどよー影が超うすいんだー」
千瀬さんが紹介してくれる。
「うっせぇわ!」木梨田が千瀬さんを怒鳴りつける。
「ほらぁ、みんな、いったんおちつこうぞ」
ブリッツがうんざりしたように、パンパンと手をたたく。
ホムラ、千瀬さん、木梨田が座布団にすわったので、私もそれにつづく。
「じゃあ、春姫」最後にブリッツが私の正面にすわった。
「単刀直入でもうすが、我らは警視庁で特別に編成されたチームなんだ」
私以外の三人はそれぞれうなずいた。
「正式にいえば特別佩刀課。凶悪な犯罪やテロリストに対抗するために、特別に佩刀および犯罪者の殺害をみとめられたチームッス」
「いやいや、ちょっとまって!」
ホムラのはなしに私は口をはさんだ。
「そんなはなしをすぐハイハイとはうけいれられないですよ」
「まぁ、そうであろうな」
ブリッツがうなずいた。
「そこはどうか、昨日の我の戦闘と、この場所がどこにあるのかを考慮してほしい」
「そんなこといわれたって……」
たしかに昨日の戦闘はリアリティがあったし、ここは本物の警視庁のしたにある。
くやしいが、信憑性はたかいな……。
「でも、なんで、それを私に?」
「じつはな……」ブリッツは目くばせをして、いいよどむ。
「仁禮春姫、そなたの命がねらわれているんだ」
命がねらわれている――「ウソでしょう?」
「残念ながら、本当やけん」
木梨田がきっぱりといった。
「般若面の女を見たんやろ? ありゃあおまえさんをねらってきた刺客なんや」
ちょ、私をねらう刺客って。
「ど、どうして、私がねらわれているわけ!? 私がなにをしたっていうのよ」
「理由まではわからん。けど、そのバックにけったいなヤツらがいることはわかっとる」
「どういうことだよそれ……」
「『イペタム』――名前ぐらいはきいたことあるだろー?」
千瀬さんがテーブルのうえにパソコンをおいて、その画面をみせた。
そこには剣と『IPETAM』というローマ字がくみあわされたロゴがうつっていた。
イペタム――きいたことがある。
たしか国際的なテロ組織で、世界各地で凶悪な事件をおこしているらしい。
なんでもその戦力は、一国の軍隊と同等だとかなんとか。
この西日本でもたびたび、ニュースになる。
そんなやつらに、私の命がねらわれていると……。
「どうしてこんなことに」
口ではそういうものの、なんだか現実味がかんじられず、実感がわかない。
「だがしかし、安心してほしい」
ギュッと私の手がにぎられる。
見ればいつのまにか、ブリッツが私のとなりにいた。
「我がそなたをここにつれてきた理由は、かくまうためだ」
たんたんとした口調で、ブリッツははなす。
「ここは警視庁。大国の軍団がこぬかぎり、安全は保証されるであろう」
たしかに、警視庁は首都の警察の本部なだけあって安全かもしれない。
昨日みたいに襲撃されても、まず大丈夫だろう。
「本当は――春姫ちゃんにしられるまえにイペタムをたおしてオワリッ――って予定だったッスけどね。ブリッツがでしゃばっちゃって……」
「まて、まちがっておる!」
不満げにブリッツがホムラの言葉を否定する。
「プラン変更の原因は敵襲のうごきが私たちの予想以上にはやかったからであって、私が原因では……」
「もう、おわったことはどうでもええやろ」
「ヌフフ、そうだなー。いまは今後の戦略についてかんがえよう」
千瀬さんが木梨田に同調した。
「まぁ……というわけだ、春姫」
ブリッツは床の間においてあった、刀を手にとり腰にさした。
「すべてがおわるまで、どうかここでまっていてほしい。かならず、そなたをもとの安寧な世へかえすから」
ブリッツ・ホーホゴットの瞳。
にごりもなにもない、うるわしきサファイア。
その真摯な眼差しが、私をつらぬく。
ドクンッと心臓がときめいた。
そんな目で見つめられたら、私……。
私……恋しちゃう。
「まぁ、そのあいだ、いろいろ雑用とかもやってもらうけどなー」
一瞬にして、いい雰囲気がきりさかれる。
「もう台無しッスよ千瀬さん!」
ぷっ……ぬはははッ!
突如として、わらいだす四人。
私はその様子を呆然とみつめていた。
私のまえにあらわれた、四人の女性。
彼女たちが象徴するように、私の運命は大変な方向にすすんでしまったらしい。
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