8
地獄をまわるティーカップ、ぼろきれをまとった小人たちに内臓をえぐりだされる、そんな夢を見ていた。
完全に完璧にそれは悪夢なのだが、いつもの理由により私にとっては悪い夢じゃない。
窓からはいってくる朝特有のすがすがしい光が、私の瞼をひらかせる。
最初に見たのはシャンデリアだった。
白い天井からつりさがっている、白いシャンデリア。
ここはどこだ――私の部屋にはシャンデリアなんかない。
もにゅ。
つぎにかんじたのは、腹からくる触感。
なんだかもっちりとしていてやわらかい
掛布団のなかをのぞくと。
私の腹に肌色のおおきなまるい塊が密着していた。
うん、『肌色のおおきなまるい塊』?
強烈に自己を主張する、すいつくような弾力感。
マシュマロみたいなといえば、冒涜になるぐらいのもっちりさ。
まてよ、これは……!
私は即座に誰かの胸から、体をはなす。
よこになっていたベッドのうえ――私のとなりに裸の女がねむっていた。
……。
すきとおるような肌は、朝日を反射してかがやいていた。
枕元にぶちまけられた、本物の黄金のようなブロンドはすごくキレイ。
「すーすー」という寝息すらも華麗におもえてくる。
この人って――「ブリッツ……ホーホゴット」
……。
ふと、私は自分の体を見た。
なにも衣類をまとっていない、うまれたばかりの姿――つまり、全裸。
ブリッツとおなじ、全裸。
……まて。まてまてまてまて!
いったい、なにがおこった!
なにがどうなったらこうなる?
なんで私は金髪の美女と全裸でねている?
なんで金髪の美女は私と全裸でねている?
まさか……。
私はブリッツとなにかしちゃったのか!
ブリッツとイケナイことをしちゃったのか!
ちょっとまて、記憶がないぞ。まったくないぞ。
そんな、じゃあ私は貴重な初体験の記憶を、まるまるすっとばしちまったというのかい。
まて、いまのこの状況……ゴマやクマにバレたら……。
『うわぁ、不潔ゥ』『はるっちってそんな人だったんだ』――ゴマやクマはそんなこといわないッ!
それに、本当に初体験したかどうかは、いまのところ、まだわからないし。
ちがぁぁぁう! 問題はそこじゃあなぁぁぁい!
…………。
……いったんおちつこう。
私はすぅーはぁーと深呼吸をする。
そうだ、昨日のあらましをたどろう。
そしたら、なにかがわかるかも。
昨日は……学校へいって、友人とカフェにいって、その帰り道、刀をもったヤバイ女においかけられて……ヤバイ女?
鮮明に、それも鮮烈に記憶がよみがえる。
そうだった。私は顔に般若面をかぶり、刀をもっていた女におそわれたんだ。
それで、にげて、神社へいって、おいつめらて、ブリッツからたすけられて、きをうしなって……。
ほぼほぼ、非日常的で、摩訶不思議なことしかおこってねぇ。
だが、だいたい全部がつながった。
きっとあのあと、ブリッツが私をここに運んだのであろう。
理由は、わからない。わかりっこない。
だとしたら、ここに彼女がいることも十分説明がつく(少女と私が全裸で寝ていることにかんしてはまったく説明がつかないが)。
じゃあ、ここはブリッツの部屋か?
無地の壁に黒色の絨毯の床。
目と鼻のさきのテレビ台には4Kテレビと成人むけ放送チャンネルの案内版がおかれている。
みわたすかぎり、個人の部屋というより、ビジネスホテルの一室に見えるが。
けど、ビジネスホテルにシャンデリアはあるかなぁ?
あるところはあるだろうけど……。
「覚醒したようだな」
美声が耳をぬける。
となりの少女が眼をこすり、あくびをもらしていた。
そして、おおきく目を見ひらく。
「おはよう。いい朝だ」
「お、おはようございます」
今日の朝がいいか悪いかは自分にはわからないが、礼儀として挨拶をかえしておいた。
「随分と礼儀がいいんだな。感心したぞ」
ブリッツはもぞもぞっとうごくと、ベッドからぬけだした。
かくすものがすべてなくなり、完全に彼女のうるわしい裸体が炸裂してしまう。
ほそい脚、やわらかそうな太腿、かたちのいいおおきな胸……。
首元から足先にいたるまで、しなやかな曲線をえがいている。
極限までムダがはぶかれた、まるでのような、芸術品特有の優美さ。
大袈裟かもしれないが、いままで見てきた女性の裸のなかで、一番うつくしい。
ようするに、ブリッツはナイスバディだったというわけだ。
……ってか、裸!
私は明後日の方向をむいて、顔を枕へうめた。
「ふふふ、もしかして欲情しているのか?」
そんな私をからかうように、ブリッツは急接近してくる。
そして私の顔からムリヤリ、枕をはがした。
「わぁ……」
否が応でもでも――彼女の肉体が至近距離で私の視界にうつってしまう。
目をとじようにも――脳自体が眼前のポルノに夢中になってしまい、できなかった。
「なんだ、裸ははじめてか?」
いや、正確にいえばはじめてではない。
学校の水泳のきがえとかで、ゴマとクマのもみているし。
だが、なれているといわれたら、『そうではない』とこたえるしかなくて……。
「ははっ、かわいいヤツだな。見たけりゃ見ていいんだぞ?」
うつくしい女性の裸を見つづけられるなんて……私みたいなモテない陰キャにとって、とんでもないほど、いい提案だ。
だが、しかし。
「いや、私は遠慮しときます」
いくら私でも、そんな理性のタガをはずすようなことをできない。
ふたたび、枕に顔をうめる。
「もしや、仁禮春姫……そなた童貞か?」
「童貞でわるいですかぁ!」
つい怒鳴ってしまう。
「ははっ、あの『天才剣道少女』仁禮春姫が童貞とは」
「うぅ……じゃあ、あなたは童貞じゃないんですか?」
「いや、童貞だが?」
まって、じゃあなんで私はディスられたの?
少女はテーブルのうえにあった服を手にとる。すると、なんのためらいもなく私の目のまえできがえをはじめた。
「で、なにかないのか?」
「なにか……って?」
「……ききたいこととか。いろいろあるだろう?」
そりゃあ、まぁ……「ききたいことしかないですよ」
たとえば「あなたが何者なのか。そして、なんで私たちは全裸でねていたのか」とか。
「いちどにふたつの質問は禁止だ」
「すいません……つい」
「まず、全裸でねていた理由は、そなたをあたためるためだ」
うん、どういうことだ。
「昨夜は鉢特摩(はどま)地獄のごとくひえていた。あったかくしないと感冒の類にかかるとおもってな」
「私とあっためあっていたと……」
ブリッツは自信満々でうなずく。
いや、風邪ひきたくないなら服きてねてろし。
「あぁ、安心しろ。そなたと夜伽はしてないからな」
そうなんだ……不思議と安心感につつまれる。
……って、私はなにに安心しているんだ?
「いちおう、我はブリッツ。母子里高校の転校生ということになっている」
なっている――?
どいうことだ、最近はやっているいいまわしとかか?
「そして、そなたは仁禮春姫。フルネームはよびづらいから、春姫ってよぶぞ」
おおぃ、いきなりしたの名前でよぶのかよ。
「そうですか、じゃあブリッツ」
こっちもしたの名前でよんだら、ブリッツはその容姿にあわないゆがんだ笑顔をうかべた。
もっとかわいくわらえよ。
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