7

「じゃあね、また明日ね」

「明日もカフェいこうね!」


 カフェからの帰り道、ゴマとクマとわかれる。

 よほどケーキがおきにめしたのか、ふたりは満足そうな表情をうかべていた。


 たしかにおいしかったからな。またおごってもらおう。


 カフェからでた時点でもう――あたりいちめん、真っくらだった。

 ここらへんは電灯もすくなく、ただ闇がただようばかりだ。


 そんななか。私はひとり、家にむかってあるきだす。


 ガサガサッ……。

 また気配をかんじとる。


 今度の気配は鮮明だ。確実にそこに『なにか』がいることがわかる。

 一寸さきの闇のなかからつよい殺意のようなものがにじみでている。


 これは試合のとき、相手からはっせられるものに似ていた……!


「だ、誰……?」


 私の声に反応するかのように、闇をわけて人影があらわれた。 


 そのたびに私へむけられている、殺意がつよくなってくる。


 それは般若の仮面をかぶった女だった。その片手には日本刀がにぎられている。

 えっ、それって本物……?


 いやさすがに、そんなことはないか。


 そうおもっても、彼女からはっせられる威圧感に、みぶるいをしてしまう。

 こんな経験、何年ぶりだろう。


「あ、あの……」

 うわぁ、こんなのがストーカーだったのか……。

 いちおう、言葉がつうじるのかためしてみる。


「……なにをするつもり、でしょうか?」


 女はこたえず、刀の柄をにぎり、サーッと音をたてて刃をひきぬいた。

 そして、刀をふりあげ、私にせまる。そのスピードは尋常じゃないほどはやい。


「……ッ」


 そのとき、確信した。

 刀が偽物か本物かは関係がない――相手はなぜだかしらんが、確実に私を殺そうとしている……!

 剣もなにもにぎれないいま、私がやるべきことはひとつ。


 クルッと体を半回転させ、全力でかけだした。


 うしろをふりかえることはなかった。ただまえだけをみすえていた。


 しかし、相手は私よりはやいらしく、すこしずつ距離がちぢまってくる。

 このままじゃおいつかれる!


「くっ……」

 私はまがり角をまがり、とっさにわき道にはいった。

 そこはほそい路地で、さらに闇がふかくなる。


 もうここまできたらすすむしかないだろう……!

 全力疾走で路地をかける。


 すすめばすすむほど、だんだんまわりの風景が見しらぬものへとかわっていく。

 どうやら、私はしらない地域に足をふみいれているらしい。


 これ、あの女をふりきったあと、家にかえれるかな……?

 いま、そのことはいいだろう。


 赤い鳥居をくぐり、長い道をとおりぬけ、ひらけた場所にでる。

 ここは――神社だ。


 高校付近にある有名な神社で、境内が青々しい木にかこまれている。

 有名なだけあって、いつもは人でごったかえしているのだが、いまは誰もいない。

 もうくらくなったからな。


 しゃがんで、息をととのえる。

 まわりにあの女の姿も見えないし、すこし休憩でも……。

 とおもっていたのが、あまかったみたいだ。


 ぞくぞくっと冷たい感覚が背筋にはしる。

 ザッ……ザッ……ザッ……!

 足音がちかづいてくるのがわかった。うしろをふりかえると、般若の仮面をかぶった女の姿がみえた。


「も、もうきたの……?」

 女は威嚇するように、刀を天にかかげていた。


「……」

「い、いやだ……」


 刀のさきが私へと、むけられる。

 そこでやっと、女が口をひらいた。


「仁禮春姫……貴様を殺す」


 刀……刀……刀。

 師匠に竹刀でたたかれたときのことをおもいだす。


 あれはものすごくいたかった。

 本当に――地獄のようだった。


「さぁ、死ね、死ねぇぇ」


 女が刀をふりあげて、私にきりかかった。

 もうダメだ……私が目をつむった、そのときだった。


『天然理心流・虎尾剣』


 ガッキン――金属同士がぶつかりあう音がひびく。


「危機一髪、その一髪がとぎれるまえにこれたようだな」


 おそるおそる目をひらくと……視界いっぱいに黄金がひろがった。

 これはブロンドの髪の毛……うしろ姿でもすぐに理解してしまう。


「ブリッツ……ホーホゴットさん?」


 私はよわよわしく、彼女のなまえをよぶ。


「さっきはそなたに妄語をいった。まったくもって慚愧のいたりだ」


 ブリッツは両手で刀をかまえ、女の刀を鍔元でうけ、そのままかえした。

 すかさず胴をきりこむが、女にふせがれる。


「貴様……なにものだ?」

 声音から女が困惑していることがわかる。


「さぁ、自分の頭でかんがえろ」


 そういうと、そのまま女の刀をはねかえし、

『天然理心流・石火剣』

 女の胴に刃をくわえる。


「くっ……」

 女はうしろに後退してそれをよけ、刀をかまえなおす。

「さぁ、かかってきなさい」

 ブリッツは余裕しゃくしゃくといったかんじだった。


「うぉぉぉぉおおおお!」

 女が刀をふって、ブリッツにおそいかかる。

 しかし、その攻撃はいともたやすくかわされた。


「この!」


 ブリッツ・ホーホゴット……彼女はすごくつよかった。

 それはもう、現役時代の私がふみこめるレベルじゃないぐらい。


「刀はただふればいいだけのものではない」


 またもブリッツは女の攻撃をうけとめる。


 しかも、すごいギリギリのところで……だ。

 もしかしたら、ブリッツではなく私だったらまにあわなかったかもしれない……そうおもうとゾッとしてしまう。


「おまえの剣はみあきた。そろそろおまえを倦厭しよう。我もヒマではないからな」


 ブリッツは刀をかまえ、体勢をひくくする。

 グニャア……と一瞬にしてあたりの雰囲気がかわる。まるでみえないイナズマが、彼女にはいより、統合されていっているようだった。


 瞼がおおきく、ひらかれる。


『天然理心流・電光剣』


 一閃が女をつらぬいた。

 そのスピードはまさに雲耀(うんよう)。光そのもののようだ。


「ぐぁぁああ……!」

 女は腰から血しぶきをはなつと、バタッと体を地面につける。

 そのまま、びくともしもなくなる。


 静寂があたりをつつみこむ。ただ虫の声――鳥の声――とおくからきこえるなにかの音だけが場を支配している。


「こ、殺したの……?」

 私はブリッツを指さしながら、くずれるように尻もちをつく。


「一時間ぶりだな。仁禮春姫……って、ほら、大丈夫か?」

 ブリッツは私へ手をさしのべた。

 もちろん、その手をとることはしなかった。


 手がうごかない私にとって、手をさしのべられることは無意味にちかい。


 そうおもっていると、頭がクラクラしてきて……。

「おい、仁禮春姫……!」

 途端に意識がきえかけ、たおれてしまう。


 ブリッツの声が耳へとはいってくるが、ききとることができなかった。

 だが、その視界にはいった彼女の顔はたしかに脳にやきついた。

 あのときのように――その姿にほれてしまいそうになる。

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