6

 放課後。

 カフェのなかは夕方ということもあって混みあっていた。


 店内のそこらへんで

「Sステでさキングギューでるんだよね」とか、

「イペなんとかがテロおこしたらしいよ」とか、

 わしゃわしゃとした女子のしゃべり声がきこえてくる。


 私たちはケーキセットをたのみ、窓際の席にすわった。


「わぁ! おいしそう!」

 ゴマ目をかがやかせながら、フォークをもった手をうごかす。


「ゴマはケーキたべる時、いつもうれしそうだね」

 クマがコーヒーを口にふくみながらいった。


「だってぇ……」

 ゴマのフォークがとまる。

「おいしいものはしあわせになれるからねぇ」

「もう、おおげさなんだから」

 私はそんなふたりの様子をみながら、コーヒーに顔をちかづけた。ほろにがいかおりが鼻腔をぬけていく。


 窓からみえる景色はおだやかで、春のにおいにつつまれていた。

 ふとあることにきがつき、目を見ひらく。


 窓のさきにブリッツがいたのだ。彼女は無表情でカフェのまえの道をあるいていた。

 こんなところに……なんという偶然。


 ――どうしよう。

 私はブリッツをはじめてみたときから、あることでなやんでいた。


 ――あのことをききにいくべきだろうか。

 それは師匠との事件がおこったあの日、道場にいたかどうかをきくことだった。


 まぁ、きいてどうなるってこともないが、あの記憶が本物か幻覚かしりたかったのだ。


「うぅ、でも……」

 しかし、私は尻すぼみをしている。

 だって、記憶にあるとはいえ相手は初対面だし――もし彼女が本当に道場にいなかったら、私は頓珍漢な戯言をいったということになる。


 いくら私でも狂人というレッテルははられたくなかった。


「はるっち、どうしたの?」

 クマに声をかけられ、我にかえる。

「ううん……なんでもない」


 私が首をふっていると、口になにかがおしつけられた。

 見ればゴマがケーキを、私の口にくっつけていたのだ。


「私たち友だちなんだから、こまったことあったらはなしてよ」

「あ、ありがとう。けど、大丈夫」


 おおきく口をひらきケーキをほおばる。うんやっぱり、あまくておいしい。


 カランカラン……。

 店のチャイムがなりひびくと同時に、私は自分の目をうたがうこととなる。


 なんと、ブリッツがカフェにはいったのだ。しかも、私たちのとなりの席にすわる。

 まいどよろしく、まわりの人間がブリッツに釘付けになる。


「……!」

 これは、ガチのチャンスではないか。ここで、ブリッツが道場にいたかどうかをきけばいいのだ。


「あの……」

 勇気をふりしぼって、彼女にはなしかけた。


「……なんだ?」

 ブリッツのヘアバンドの猫耳がピンとたつ。

 ふりかえり、ジッと眼に私をうつす。


 こちらを値踏みするような、品定めするような、視線。

 すこしのあいだ、口ごもったのち、ようやく声をだした。


「私は仁禮春姫といいます」

「は、はぁ……」

 困惑したようにブリッツが、目をほそめる。

 マズイ、緊張のあまり自己紹介をしてしまった。


「ちょっと、はるっち」

 ゴマが心配そうに、私の背中に手をつける。

 それを無視して、はなしをつづけた。


「単刀直入にいいます。二年前の八月二二日に第六中学校の道場にいましたか?」

 ブリッツは目を左右にうごかして――

「はてなんのことやら。現世に生をうけてからその第六中学校とやらとは、はなはだ無縁であるが」

 と断言する。

「そうですよね……」

 あぁ……やっぱり私の記憶ちがいだったのか。なんだか、どっとつかれてしまう。


「はるっち……」

「ごめんね、ゴマ」

 ゴマに身をよせながら、踵をかえし、もといた席へむかった。


「まて」


 ブリッツは私をよびとめ、席をたった。


「仁禮春姫となのったな?」

「えぇ、はい……」

「なんで剣道をやめたんだ?」


 おどろいた、彼女は私をしっていたのか。


「……」私はそっと口をつぐむ。つまり、回答を拒否した。


 わかりきったこたえをひけらかすのがわずらわしかったのだ。

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