3

 道場につづく、長い廊下をあるく。

 となりをあるく師匠は、すこし緊張したおももちだった。

 いったいどんなサプライズなんだろう……うん?


 デートあと、ひとけのない場所、くらい時間帯――

 ――もしやッ!


 おもわず、師匠の胸をみつめる。

 おおきくみのっている、果実。


 ――もしや……私のはじめてを……ッ。


 もしその予想が的中していたら、私の派手な下着の出番ができてしまう。

 ドキドキと鼓動がはやまるうちに、私たちは道場のまえにたどりつく。


「ここだ」

 彼女が扉をあけて、なかにはいるようにうながしてくる。


「ちょっとまって、まだ心の準備が……」


 私はゆっくりと足をふみいれると――


 バシッ! ――うしろから蹴っとばされた。


「えっ……?」

 全身が床にぶつかり、体中に痛みがはしる。


「なぁ、春姫」

 師匠の声だ。


 私は床にたおれながら、彼女のほうを見る。

 そこには、つめたい目をした彼女の姿があった。


「初デートということで、お願いがあるんだ」

 その顔にはさっきまでのえみはなかった。

 彼女は見くだすような視線をむけてくる。


「おまえ、剣道やめろ」


 ……。

 ……………。

 ……………………えっ、はい?


 ききまちがいだと、おもった。

 私の師匠がそんなこというはずがない。


 そうおもったんだけど――


「おまえ、剣道やめろ」

「な、なんで……」


 なんでこんなことを、いわれているんだ? わけがわからない。

 私は痛みにたえながらなんとかおきあがると、彼女につめよった。


「……なんでですか……師匠……」

「……おまえが」

 師匠がおもいっきり、私の頬をはたいた。

 その反動で、私は後方へたおれてしまう。

「……おまえがきにくわないんだよぉぉぉ!」

 きが狂ったように、師匠はさけぶ。


「いつも、いつも、まわりからチヤホヤされやがって! 調子にのりやがって!」

「なにいっているんですか……」

「うるせぇ! あまい環境でそだってきたおまえには、辛酸をなめてきた人間の人生はわからないだろうな!」


 師匠は脇にあった竹刀をとると、私にむかってふりおろしてくる。

 バシッ――つよい音とともに、激痛がはしる。


「なんで……なんで……」

 なんでこうなったんだ?


 私はただ、師匠といっしょにいたかっただけなのに……。


「おらぁ、おらぁ!」

 私の言葉などきにとめず、彼女はなおも私をたたく。その顔にはおおきな笑顔がうかんでいた。


 ――なんで私がこんな目にあわないといけないんだ?

 ――なんで私がなぐられなきゃいけないんだ?

 ――なんで……なんで……ッ?


『なんで』――そんな疑問が頭をよぎるなか、私の意識は闇にとけていった。



「おぉ、なんたる悪逆無道……」


 おぼろげな意識のなか。なにかがきこえてくる。

 なんだ、女の人の声?


 私のぼやけた視界に人影がうつった。

 それが誰なのか、どんな顔をしているのか、はわからない。


「大丈夫か? まだまだ臨命終時(りんみょうじゅうじ)ではないだろう」

 子どものようにたかく――それでいて妖艶な声音。

 正直、きき心地がよくて、ずっときいていたかった。


「はい……大丈夫です」やっとのことで、返事をかえした。

「よかったよかった、いま救急車をよんだからな」


 どうやら、人影は私に顔をちかづけたらしい。

 視界にうつる影がおおきくなっていく。


「ところで、上曾洋――彼女がいずこにいったかしっているな?」

 上曾洋、師匠……。

 師匠のいきさき……それはわからない。


 そうつたえたかったのだが、もう口をうごかす力もなかった。

「そなたの創傷、上曾にやられたんだろ……って、そなた、その相貌もしかして……仁禮春姫?」


 あわてだす声を尻目に、ふたたび私の意識がとだえようとしていた。

 あぁ、竹刀のあたりどころがわるかったのかな……。


 最後に人影が……鮮明に見えた。


 ほれぼれするぐらい綺麗なブロンドの美少女だった。

 それはもう、本当にほれてしまいそうなぐらいきれで……。


 ああいけない――さっきまで師匠がすきだったのに、すぐにべつな人に見とれてしまうとは……。

 私はわるい人間だ――

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