第20話 スニーキング・ザ・ミッション
美鎖はすぐに後をつけ始めた。彼女はバレないように、慎重に雷太との距離を保ちながら歩く。
「お兄ちゃんのバイト姿、どんな感じなんだろう…」と心の中で呟きながら、美鎖は一歩一歩足音を忍ばせる。その姿は「くのいち」を思わせるような見事な足捌きだ。
雷太が角を曲がると、美鎖もすぐにその後を追った。しかし、曲がった先で雷太が突然立ち止まり、電話をかけ始めた。美鎖はとっさに電柱の陰に隠れ、心臓がドキドキと高鳴るのを感じた。
「やばい、バレちゃう…!」と小さく息を呑む美鎖。しかし、雷太は電話に夢中で、彼女の存在には気付かない。
「ふー危なかった…」ホッとする美鎖。雷太が再び歩き始めると、美鎖も再度後を追う。道中、美鎖はあらゆるものを隠れ場所として利用した。自転車の後ろ、ゴミ箱の陰、時には背景と同化する風呂敷を使って身を隠す。雷太を見張るその姿はまさに「くのいち」いや、探偵そのものだ。
「ふふ、私って尾行の天才かも!」と、ちょっと得意げな美鎖。しかし、ふと気を抜いた瞬間、急に雷太が振り返った。慌てて身を低くした美鎖は、なんとか雷太に見つからずに済んだが、犬に顔をペロリと舐められ、思わず「きゃっ!」と小さな声を上げてしまった。
雷太が再び歩き出すと、美鎖は犬にお礼を言いながら後を追う。すると雷太がどこかのお店に入っていく。美鎖は急いで店の前まで足を運ぶ。
「ライブハウス…『world of spirits』…。ここがお兄ちゃんが働いているお店?」美鎖は慎重に中を覗き込む。しかし中の様子はわからない。どうしたらいいか考えているうちに時間は過ぎてゆき、次第に居心地が悪くなる。
「どうしよう…こんな夜遅くに出歩いているのがバレたら、警察に逮捕されちゃうかも…」とじわじわと不安が増してゆく。「帰ろうかな…」
すると…突然ライブハウスの扉が開き、中からひとりの男性が現れた。その男性はライブハウス『world of spirits』店長の
「あら?あなたね。ヘルパーで頼んだスタッフの子。ほら、急いで。もう営業始まっちゃってるの」と美鎖の手を掴み店の中へ連れてゆく。
「あっ、あの…」と困惑する美鎖を他所に、強引に受付に座らせる。
「じゃぁ、後は頼んだわよ」と一通り業務の説明を美鎖にして明日出は店内に消えていった。
「ど…どうしよう」と困惑している美鎖の前に次々とお客さんが入ってくる。「あ…あ…いらっしゃいませ」と考えがまとまらないまま受付をこなす。
「でも…ここでお兄ちゃんは働いているんだ」と兄に隠れてイケナイ事をしているかもしれないという感覚に、少し胸がドキドキする美鎖であった。
そして、時が過ぎ受付も小慣れた頃、再び店長の明日出がやってくる。
「ありがとう。今日は助かったわ。もう最後のバンドが始まるから受付はもういいわよ。コレお給金」と美鎖にポチ袋を渡す。「えっ?ありがとうございます」と思わず受け取る美鎖。
「あ、良かったらライブも見て行く?『
バーカウンターを超えて会場の扉を開ける。初めて入るライブハウスに美鎖はドキドキが止まらない。
会場内はお客さんで埋め尽くされていて、すごい熱気を帯びている。美鎖はどんなバンドが出てくるのかと背伸びをしてみるが、ステージは見えない。
やがてSEが消え、興奮と期待が入り混じったお客さんの声が聞こえる。ステージに『Hell’s Gatekeepers』が颯爽と現れた瞬間「「「キャーッ!!!」」」と悲鳴にも似た歓声がいっせいに湧き上がる。
「きゃっ…」急に響く爆音に耳を塞ぐ美鎖。次第に上がっていくお客さんのボルテージに戸惑いを隠せない。
「華よ…今宵も咲き乱れよ…」その声の主が現れた瞬間。会場の空気が一気に変わるのを感じた。割れんばかりの黄色い声。その主は遠目からでも凄まじいオーラを放っているのがわかる。美鎖はその主を見た瞬間に心を奪われた。
「あぁ…こんな人が存在するなんて…これが
「あっ、いけない。こんなところお兄ちゃんに見つかったら大変。帰らなきゃ」ふと我に帰った美鎖はそそくさとライブハウスを後にする。
家に着いた美鎖は、まだ雷太が帰っていない事を確認し安心する。そして急いでベッドに潜り込む。
「ふふ…」ちょっとした冒険を終えた美鎖。そして魔王様のライブの興奮も伴って、なかなか寝付けなかったのは言うまでもない。
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後日、雷太が食器を洗っていると、美鎖がヘッドフォンで聴いている音楽が少し漏れて聴こえてきた。
「あれ?この曲って…」と何かに気づく雷太。
「はは…まさかね…」と何か嫌な予感はしたが、首をブンブンと振り、気にしないようにする雷太であった。美鎖は今日もご機嫌だ。
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