第15話 思い出のスティック

『アスモデウス』の拠点は、人があまり立ち寄らない港の廃倉庫だ。その外観は錆びついた鉄板とひび割れたコンクリートが目立ち、無数の雑草が生い茂っている。中に入ると、暗がりの中に点在する雑多な物品が目に入る。錆びた工具や壊れた家具、使用済みのタイヤなどが無造作に積み上げられていた。


倉庫の奥では、数人の『アスモデウス』のメンバーが集まっている。彼らの服装は様々だが、共通しているのはその粗野で乱雑な印象だ。タトゥーを入れた男、鋭い眼光を持つ女、筋肉質な若者…それぞれが何かしらの強い個性を放っていた。彼らは会話や笑い声を交わしながら、手元のビールやタバコを楽しんでいる。


ふと、龍之介は倉庫の奥にある楽器に気がつく。そこには古びたギターやベース、アンプが無造作に置かれている。埃をかぶったドラムセットもあり、その一角だけが異質な雰囲気を醸し出していた。龍之介は自然とドラムに引き寄せられ、スティックを手に取ってみた。


その瞬間、ドラムの冷たい感触が彼の手に伝わり、何かが胸の奥で弾けるような気がした。


「なんだ?お前ドラムに興味があるのか?」突然の声に驚き、龍之介は振り返る。そこには猛が立っていた。彼の目は鋭く、しかしどこか興味を持ったような光が宿っている。


「いや、別に…ただ、ちょっと触ってみただけだ」と龍之介は答えるが、心の中ではドラムに対する興味が芽生えているのを感じていた。


「ふん、そうか。だがな、ここにある楽器はただの飾りじゃねぇ。初代の時からある大事な物で、ちゃんとメンテもしているんだ。時々、俺たちもここで演奏をしているんだぜ。音楽ってやつは、時に喧嘩よりも魂を燃やすことがあるからな」と猛は言いながら、ギターを手に取って音を鳴らしてみせた。


その音は廃倉庫の中に響き渡り、龍之介の心に強く響いた。


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幼い頃、龍之介は父親にドラムを教えてもらった。その記憶は、彼にとってかけがえのない宝物であり、今でも鮮明に思い出すことができる。


その日、父親は龍之介を連れてどこかの地下室に向かった。そこには父親が趣味で集めた楽器が並んでおり、特に目を引くのがドラムセットだった。父親は優しい笑顔で龍之介にスティックを渡し、椅子に座らせた。


「さあ、龍之介。まずはこのスティックを握ってみな。リズムを感じるんだ」と父親は言った。龍之介は少し緊張しながらも、父親の言葉に従ってスティックを握り、初めてドラムの皮に軽く打ちつけた。その瞬間、低く響く音が龍之介の体に伝わり、心が高揚した。


「上手だぞ、龍之介。リズムを感じるんだ。音楽は心の中から湧き上がるものだ」と父親は優しく指導し、龍之介は一心不乱にドラムを叩いた。その音は地下室中に響き渡り、父親の笑顔と共に楽しい時間が過ぎていった。


その後も、龍之介は父親と一緒にドラムを叩く時間が大好きだった。父親はプロのミュージシャンではなかったが、その情熱と技術は本物で、龍之介にとって最高の先生だった。父親とのドラム演奏は、龍之介にとって至福の時間であり、二人の絆を深める大切なひとときだった。


しかし、ある日突然、父親は離婚届を置いて姿を消した。何の前触れもなく、理由も告げずに。母親は泣き崩れ、家族は一瞬で崩壊した。龍之介はその日から、心にぽっかりと穴が空いたような感覚に苛まれた。父親がなぜ突然いなくなったのか、未だにその理由はわからない。


今でも龍之介は、父親と一緒に使っていたスティックを大事に押入れの奥底にしまっている。それを見るたびに、あの日々の楽しかった思い出と共に、父親への複雑な思いが胸に蘇る。


「父さん…」龍之介はギュッと拳を握った。




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