第102話 奴隷の夜食



 ぐぅ〜〜、ぐぅ〜〜、ぐぐぐぅ〜〜


 金髪美少女エルフ、ティアニーの隣の布団の中でヒオリの腹が鳴った。

 これが初めてではなく、さっきから何度も鳴っている。


「もう!先生に頼んで何か食べてきなさいよ!」


「ティアニー殿……煩くてすみますん。ですが、某の国には『働かざる者食うべからず』という言葉があります。勉学の道を進む皆様とは異なり、某とラウラ殿は武の教えを授かっております……。故に某とラウラ殿の役目は師匠の留守を守ることなのです。……ラウラ殿は立派でした」


 ぐぐぐぅ〜〜、ぐぅ〜〜~


「また鳴った……。ラウラが夕飯の時に夢魔族に一撃当てたって、嬉しそうに言ってたわね……。まさか、それを気にしているの?」


「はい……。一撃当てたら、という条件でしが、ラウラ殿はあの強い夢魔族に勝っておりました。なのに……某ときたら……。某は木偶の棒です……。今まで皆様の3倍、いや、5倍は食事を頂いていたのに。こんな出来損ないがたくさん食べて……。本当に恥ずかしいです」


 ぐぐぐぅ〜〜


「はぁー、そんなこと気にしなくて良いわよ。ご飯は食べられる時に食べておかないと。こんな世の中なのだから。それにラウラはウィスタシアと一緒に戦っていたんでしょ?ヒオリは一対一だったんだからしょうがないじゃない?」


「理由を付けてできないと言うのは、某にとっては言い訳なのですよ」


 ぐぐぐぅ〜〜、ぐぅ〜〜、ぐぐぐぅ〜〜、ぐぅ〜〜


「あんた、これから毎日食事を減らすの?」


「……はい。せめてもっと強くなるまでは……」


 ぐぅ〜〜~~~~



 午後8時、就寝時間になった。

 俺はヒオリのことが心配で、皆に先に寝るように伝えて部屋を出た。


 厨房へ行き、温かい白米でおにぎりを握る。

 ヒオリの好きな梅と鮭でいいか……。

 うーん、ツナマヨと昆布とタラコとすじこも作ろう。

 あとは……、あいつの好きなネギと豆腐の味噌汁を水筒に入れて……。


 よし、完成。

 食事は取り敢えず異次元倉庫にしまってと。

 さて、ヒオリの部屋に行くか。食べなかったら、俺が外出先で食べよう。




 ヒオリとティアニーの部屋に着くと扉の向こうから喧嘩声が聞こえる。


「わからず屋!ちゃんと食べなさいよ!そんなんじゃ体動かないわよ!」


「某の気が済まないのです!ほっといてください!」


 ぐぅ〜〜、ぐぐぐぅ〜〜、ぐぅ〜〜


 これ、ヒオリの腹の音かな?

 俺は「コン コン」と扉を叩いた。


「入っていいか?」


「はい!どうぞ!」

「……」


 ティアニーの返事を聞いて部屋に入り照明を点ける。

 ぴったりくっ付けた二組の布団の上にパジャマ姿の二人がいる。

 この部屋に入るのは初めてなんだよな。綺麗に掃除と整理整頓されている。女の子の部屋って感じだ。


「消灯時間にすまんな。ヒオリ、落ち込んでないか?腹減っただろ?」


「全然落ち込んでいませんよ!腹など減っておりません!食事は十分頂きましたから!ははははっ!」


「……」


 空笑いするヒオリをティアニーがジト目で睨んでいる。

 やっぱり落ち込んでいるよな……。ラウラとウィスタシアの愉しげな戦闘話を悔しそうに聞いてたもんな……。


「寝る前に少しだけ話をしてもいいか?」


「はい!」

「私も聞いてよいですか?」


「ああ、もちろんだ」


 俺は二人の枕元、畳の上に腰を下ろし胡座をかいた。

 二人も起き上がって楽な体勢で座る。


「俺が話すのは剣王レグルスの物語だ」


「レグルス……聞いたこと無いわね?」

「どのような方なのですか?」


「レグルス・グレイ、彼は5000年前の人族なんだけど全種族、史上最強の剣士なんだ。しかも25歳という若さでその座に着いた。歴史に名を残した英雄達の中でも俺が尊敬する偉人の一人だな」


 剣という点ではアウダムをも凌駕していたと思う。


「天才だったのね……」


「いや、それがそうでもないんだ。

 現在ルードラン王国がある地域、その辺境の町で農夫の四男として彼は生まれた。

 剣で優る者が民の上に立つ文化が根強い地域で、華奢で非力だった彼は剣を諦めて魔法使いを目指す。しかし、15歳の時に幼馴染で最愛の恋人を奪われてまうんだ。突然、王都からやって来た皇帝が恋人の美貌を見初めて、連れて行ってしまったんだよ」


「それでっ!お二人はどうなったのですかっ!?」

「いつの時代も権力者は理不尽ね……。可哀想だわ」


「ああ、そうだね。それでレグルスは剣の道を進むと決心する。

 何故なら二年に一度開かれる剣術大会で優勝すると、皇帝が何でも一つ願いを叶えてくれるからだ。魔法使いとしては頭角を現していたレグルスだが、剣の腕はからっきし。初めは周りから馬鹿にされたり、否定されたり、諦めろと言われていたな。

 しかし、彼がそれを聞き入れることはなかったし、諦めることもなかった。

 睡眠以外は生死を問わない血反吐を吐くトレーニングと大量の食事で華奢な体に筋肉を付けた。名のある剣豪に手合わせを挑み、毎度負けては教えを乞う。献身的な兄に支えながら一日も休まずそんな生活を続けた。彼は愛する人を取り返したかったんだ」


「一途ね……」

「凄い方ですね……」


「そうやってどんどん力を付けて、16歳で挑んだ剣術大会では予選敗退だったのに、22歳の時には優勝した。で、幼馴染の恋人を取り返すことに成功したんだ。再び結ばれた二人は死ぬまで愛し合った」


 俺の話を聞く二人の瞳がキラキラしている。

 年頃だし恋愛話とか好きなんだろうな。


「先生、レグルスは何故剣王なのですか?」


「ああ、それはだな。レグルスが24歳の時に世界を巻き込む大きな戦争が起こったんだ。レグルスは帝国と敵対する勢力に加わり皇帝を打ち取って、この地域の王になったんだよ。一代で終わってしまった王国だけどね。ただ、戦後は妻と二人で末永く幸せに過ごしたよ」


 更に詳しく言うと彼が幼馴染を取り返した時、彼女は子供を産めない体にさせられていたんだよな。憎き皇帝を殺し王になった後、家臣や周囲の人間から、他に妻を娶り世継ぎを残せと何度も言われたが、レグルスは妻を守れなかった後悔と責任感から、それを聞き入れることはなかった。彼女もレグルスの子を産みたかった……、可哀想だな。

 だから一代で終わってしまった王国。でも二人は最後まで幸せそうだったから良かったよ。


 まぁ、この話は二人には黙っておこう。可哀想な話だし子供にはセンシティブな内容だ。


「剣王レグルスは王の権力や地位に縋り付かず、また誰に媚びることもない。幾度と訪れた外国からの侵略に、王みずから前線に立ち、その強大な力で民を守り、愛する妻を守り抜いた。

 何度、失敗や挫折をしても、周りに否定されても、己の信じた道を突き進む気高く穢のない彼を一言で表するなら、高潔――だな。

 今では文献も少なく人々の記憶からも忘れ去られてしまったが、妻一筋で仲間にも優しい立派な人物だったよ」


 まぁ政治家には向いていなかったけど、この時代の武王、将軍としては超絶優秀なんだよな。


「愛する者同士が結ばれるって素敵ね……」

「そうですね……ですが、某のような女剣士には一生縁のない話です……あははは……」


「ヒオリは顔立ちも良いし、カラっとした性格は親しみやすいから、いずれ色んな男から声を掛けられると思うぞ」


「そんな筈は……、剣士を生業とする女子おなごなんて、男勝りで魅力はありませんよ……」


 そんなことはないと思うけどな……。

 ヒオリはこの世界でもトップクラスに可愛い。性格も良い。

 唯一の欠点は大食いで食費が掛かる点かな?まぁそんなの些細なことだし。


「賭けてもいい。いや、俺が保証する。将来、絶対に良い人が見付かるよ。だから自信を持て」


 そう言うと、ヒオリは黙って俺を見つめる。


「ではもし、某に声を掛ける殿方がおりましたら、全てお断りいたします!」


「ん?それじゃ賭けが成立しないぞ?」


 すると彼女は真剣な目で俺の瞳を覗き込む。


「某につがいとなる殿方が現れなければ、師匠が保証してくれるのですよねっ!?」


 え?ああ……そういうことになるのか?でも、それってつまり……。俺が相手になれってことだよな?


「師匠、男に二言はありませんよね!?」


「あー……ああ。もしそうなったら俺の所に来い。死ぬまで腹いっぱい食わせてやる」


「ああぁ……やったぁー!ふふふ、あはははは、やりましたぁー!」


 まぁいいか……、嬉しそうだし。

 ヒオリは12歳。アストレナ達もそうだけど、例えば小6に将来お兄ちゃんと結婚したいと言われても真に受ける大人はいない。ほぼ全ての男性が次の日には忘れてしまうくらい信憑性のない発言だ。

 だから俺も深くは考えない。話し半分に聞いておこう。


「ティアニー殿もどうですか?」


「どうって言われても……。私は生涯をクロイセン王国の革命に費やすわ。ここに来て先生からフランス革命や色々な事を教わって、革命は不可能ではないって、わかったもの。私は絶対にやるわ!」


「ティアニー、人にはそれぞれの人生がある。他人と違うからって不幸なことはない。お前は自分が信じる道を進め」


「はい!」


 ヒオリの機嫌も直ったし、そろそろアレ出しちゃおっかな!?

 俺はわざとらしく。


「ああ、そう言えばぁ、おにぎり作って来たんだけど食べる?」


「えっと……某は……」

「食べなさいよ。ずっとお腹鳴ってたじゃない!」

「ちょっ、ティアニー殿!師匠に聞かれないように気合で止めていたのにぃ!」


 腹鳴りって気合で止められるの!?凄いな!

 俺は異次元倉庫からさっき作ったおにぎりを出した。


「ちゃんと食べないとレグルスのように強くなれないぞ。海苔もあるから巻いて食べろよ。それと味噌汁もあるからな」


 皿の上に乗るおにぎりを見て涎を垂らすヒオリ。


「…………い、いだきます」


 それからヒオリは「うまい、うまい」と言ってバクバク食べ始めた。


「あんた、こんな時間によくそんなに食べられるわね?全く」

「ちゃんと食べないと強くなれませんからね!くちゃくちゃ、ティアニー殿も食べますか?くちゃくちゃ」

「私はいらないわ。こんな夜中じゃ喉通らないもの」


 で、結局ヒオリが全部食べてしまった。


「じゃあ、俺は部屋に戻るから、二人ともおやすみ」


「「おやすみなさい!」」


「あっ……ゴロウ殿」


「ん?」


「ありがとうございます……」


 ヒオリは俺に深々と頭を下げる。


「ちゃんと寝ろよ。明日からまた剣の修行だ」


「はい!」


 こうして俺はヒオリとティアニーの部屋を後にした。



 大部屋に戻ると皆既に眠っているようだった。

 アストレナ達も今日は疲れたのだろう、俺の布団で良く眠っている。


 今日は自室で一人で寝よう。


 つか、こんなチャンス滅多にないぞ!

 酒を飲んでご無沙汰だったセルフプレジャーでもするか……!?


 そう思ったら急にムラムラしてきた。

 気付けば足取りがスキップに変わっている♪


 厨房に行き缶ビールを空けて、グイッと一口。


「プッハー!うっめー!最高だぜ!」


 実はアウダムの弱点はアルコールなのだ。酒を飲むと何故か魔法が使えなくなる。それを補う為にゴロウズ三式を作ったんだよな。


 自室に入ってPCの電源を入れた。

 ズボンを降ろし、酒を飲みながらネットでお摘みを検索する。


 フフフフ、こういう時間久しぶりだなぁ〜。

 奴隷が来てから子供の世話が忙しくてレスだったもんな。

 さて、何にするか?フフフフふぉっほっ???


 暗い静かな部屋で、俺はある異変に気付いた。


 ベッドに……、誰かいるぅ〜ッッ!!?

 しかも、その娘はこちらをジッと見詰めている!!




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