第100話 フルーゲル溶ける


 フルーゲルは挨拶も早々にふてぶてしい態度で俺が畑の横に土魔法で造った椅子に座った。

 アズダールの面々も困惑した様子で席に着く。

 何故か今日は来ないと言っていたアルベルトとヨハンナがここにいて、フルーゲルを見て驚いていたが、彼らには席を外してもらった。


「これでいいんだろ?」


 フルーゲルが人差し指を立てて『以心伝心シンクロソウル』を放つ。

 シャボン玉の様な白い玉が俺やアストレナ達三人、アズダールの貴族らに吸い込まれて、彼の記憶が脳裏に浮かぶ。



 アズダール王城の一室――。

 暗い部屋で蝋燭を頼りに一人、執務をこなす王の前に突然フルーゲルが現れる。


 しゃがれた声のフルーゲルは落ち着いた様子で静かに語る。

 自分は夢魔族の長であり、これからお前に催眠魔法を掛けて、アズダールがグラントランドの支配国になる手引きをお前にやらせると。


 大人しく話を聞いていた王はゆっくり立ち上がると剣を抜いて構えた。

 しかし、気付けばフルーゲルに殴られ、床に転がっていた。フルーゲルの動きが速すぎて目で追えなかったのだ。


 倒れた王は一言「私を殺してください」と静かに言う。

 勝てないと悟り、操られるくらいなら死にたいと思ったのだろうか?

 しかし返答は「お前が俺様よりは強ければ国を守れたんだぜ」という理不尽なものだった。

 ただの中年男が世界最高峰の魔法使いに勝てるわけがないのに……。


 そして、『第五位階精神魔法、服従音吐ふくじゅうおんと』を発動させる。

 この魔法の良い点は奴隷紋のように首筋に痣ができないところだ。他人が見ても洗脳に気付かない。


 フルーゲルが王に指示した内容は「グラントランド王国の王族に従え」、それだけだった。


 王への細かな指示はアズダールに滞在しているグラントランドの第二王子コピッグ行っている。

 その後、貴族の反発が高まり、大きな反乱が起きて王は国民に殺された。


 一連の出来事は神眼、全知全能の目ガイアストローアイズで全て確認済みで俺は知っていた。



 アズダールの貴族から次々に汚い罵声が飛ぶ。主が死に母国がめちゃくちゃになったのだ。気持ちはわかる。

 フルーゲルは飄々としていて、どうでもよさそうだが、一応、悪口を言いまくってる貴族連中が殺されないように警戒しておこう。


「暴れたりしねぇよ。お前には勝てないからな」


 とフルーゲル。

 俺の僅かな感情の変化を察したようだ。まぁ警戒はするけどね。

 するとベアトリクスが彼に尋ねる。


「何故、この様なことをしたのですか?グラントランド王国に依頼されたのですか?」


 お喋りなフルーゲルが黙って俺を睨んだ。


「約束だろ。全部話せよ」


「ちっ、わぁたよ……くっそっ!……ほら」


 彼は再び『以心伝心シンクロソウル』を発動させる。



 夢魔族が住む特別自治区は広い。関東と東北を合わせた程の面積がある。

 夢魔族全体の人口は800万人程で、その約8割がここで暮らしている。


 そんな夢魔族の里の外れの集落で農作業を手伝っていたフルーゲルの目の前に突然、女が現れる。

 黒髪ストレートのロングヘア、金色の瞳、自信の現れであろう笑みを浮かべた美しい女。

 一目でわかる高価な軽鎧を着込み、腰には柄が宝石で装飾された細身の剣をぶら下げている。


「やぁ、フルーゲル、久しぶりだな」


「皆の衆、コイツはヤバい。家に入れ」


 夢魔族達は「ただ事ではない」と思ったのだろう。険しい表情のフルーゲルの指示に従い家へ帰っていく。


 フルーゲルは嫌悪感を顔に出して女を睨む。女は余裕の笑みを浮かべている。


「……エルナ・ヴァレンタインか?」


「その名前、懐かしいね。今はヴァレッタ・クロックと名乗っているんだ」


「その体……どうしたんだ?」


「ん?オレが他人の体を奪えるのは知っているだろう?アルデバランのような汚い老いぼれになりたくないからね。定期的に体を入れ替えているのだよ」


「ちげーよ!そいつは刻魔族の体だ……そうだろう?」


「大正解!ふふっ、美少女でしょ?刻魔族の中でも珍しいアンティリア人なのによくわかったね。流石フルーゲルだ。すごいすごい♪」


「刻魔族は5千年前に絶滅させた筈だッ!確か千年くらい前か、てめーに会った時は違う体だった!奴らは、まだどこかで生きているのか?」


「ふっ、どうだろうね。そんなことより、フルーゲル、君に頼みがあるんだ」


 それからヴァレッタはアズダール国民の思想を分断して内戦を起こし、国を疲弊させて、最終的にグラントランドの支配地にする計画をベラベラと楽しそうに語った。

 話しを黙って聞くフルーゲルは忌々しげにヴァレッタを睨み嫌悪感をあらわにしている。


「オレは精神魔法の類は苦手でね。だから君に頼みたいんだ。奴隷紋では首に跡ができる。第五位階以上の魔法が必須なんだよ」


「断る!俺様達、夢魔族は5000年前の協定に従い一度も他種族と争っていない。他国に干渉しない、されない。それが夢魔族の有り方なんだぜ!」


 そこに夢魔族の親子がやって来た。


「わぁー!フルーゲル様だぁー!」

「フルーゲル様、いらしていたのですね。隣村に作物を売りに行った帰りなのですよ」

「以前教えて頂い方法でたくさん収穫できまして……そちらの方はお客様で――パンッ!」


 母親の首が爆発した。これは俺が良く使う第四位階風魔法、『魔空』だな……。


「お母さん!!――パンッ!」


 次に少年の首も破裂する。父親は立ち尽くし二人の遺体を見詰めている。


「え?何が起きたの……なんで……?どうして……――パンッ!」


 父親の首も弾ける。


「あーあ、君が断るからイライラして殺しちゃったよ。で、フルーゲルぅー、やってくれるよね?」


「断るッッ!!畜生がぁーーッ!!」


 フルーゲルが魔法を発動させようとするが、それよりも早く、ヴァレッタが剣を抜き剣戟を放った。

 四肢を切断されフルーゲルが地面に転る。


 薄刃の剣は白銀に輝く刀身で禍々しい魔力を纏っている。

 ガイアノスの骨で作られた聖剣だな。


「なっ……?魔法が発動しねぇ……ヴァンパイアのスキル〈血の呪〉か!?」


「今の斬撃にオレの血を仕込んだ。いくつか呪を付与したから魔法を使えないだろう?解除して回復させないと、君、出血多量で死んじゃうよ?」


「くそったれがーッ!丁度いいぜッ!!俺様はなぁ、なかなかお迎えが来なくて困ってたんだ!てめーに殺されるのは癪に障るが、死んでやるぜッ!カッカッカッカッ!」


「ふん、つまらないなぁー」


 と、そこに集落の民が集まってきた。


「「「フルーゲル様を守れー!」」」


「バカ!逃げろッ!!」


 フルーゲルの叫びが届くことはなく一瞬で全員の体がバラバラになった。


「頼む!止めてくれ!ヴァレンタインッ!」


「うーん、オレの頼みを聞いてくれないなら、夢魔族を一人一人殺していくかな?」


「頼むよぉ……止めてくれよぉー……全員家族なんだ……夢魔族には手を出さないでくれぇ……」


 フルーゲルはヴァレッタに平伏し、彼女の足に無様に縋り付く。

 アズダールの王は毅然としていたのに……。つか、コイツが俺に言ってた「アズダールの王は情けなく、なんちゃら」って自分のことだったのか?


 ヴァレッタ……、この女がヤバいのはわかっていた。勇者パーティー時代、彼女は殆ど戦わなかったけど間違いなく当時の俺より強かったし、魔王だって瞬殺できるくらい強いんじゃないかと思っていた。


「フルーゲルぅ、オレの言う事を聞いてくれたら夢魔族には手を出さないけどぉ。どうするぅ?ふふふ♪」


 そこに薪を背負った夢魔族の少女帰ってきた。


「みんな……?おとうさん……おかあさん……?」


「…………やる。やるよ。やればいいんだろう!」


 ヴァレッタは「ニチャァ」っと汚い笑みを浮かべる。


「素直でよろしい。日程は後日伝えるよ。おっと、魔法制限の呪を解いてやろう。では今日はこれで失礼するよ」


 彼女は転移魔法で何処かへ消えた。


「フルーゲル様……!」


 少女が駆け寄り、フルーゲルを支えようとするが、それを振り払いフルーゲルは少女に頭を下げる。


「すまねぇ……皆、やられちまった。助けてやれなくてすまねぇ……」




 俺達の目の前でフルーゲルの体がドロドロに溶けていく。皮膚や肉、骨が赤い液体になっていく。


「わかっていたんだ。ヴァレンタインの情報を誰かに伝えると俺様は死ぬ。そういう呪が掛けられていたんだ」


 俺は鑑定魔法と無限記憶書庫アカシックレコードで呪を分析する。

 これ、直ぐには解除できないぞ。先に言ってくれれば肉体に溶け込んだヴァレッタの血を除去してやったのに。


「……残念だったな。フルーゲル」


「俺様は十分生きたぜ……コハッ……アズダールの民よ、すまなかったッ!恨むなら俺様を恨めッ!ゴホッ」


「死んだら恨めないだろうがッ!」

「責任取れよッ!」

「逃げるな糞魔族ッ!」

「馬鹿魔族ッ!バーカ、バーカ!」


 アズダールの貴族らが死に逝くフルーゲル罵声を浴びせる。小学生みたな悪口を言う奴もいるな。


 フルーゲルからすれば自分の国の民が死ぬか、何処か知らない国の民が死ぬかを選べと言われて、後者を選んだに過ぎない。二択しかないなら俺だってそうしたと思う。

 でも、アズダール人からすれば、お前の国が潰れろよって思うわけで、中にはベアトリクスのように夫や息子等、家族を亡くした者もいるから許せないのは当然だ。


 まぁ俺はどちらの味方でもないから、正直どうでもいい。

 俺はあくまでアストレナ、ヒルデビア、レモニカの味方なのだ。


「ああ、そうだ、コホッ……ゴロウ……一つ頼みがある」


「なんだ?」


「生き残ったガキ……コホッ、……預かってくれ。身寄りがねぇんだ……コホ……お前の家はすげぇ……な、頼む……」


 最後に現れた薪を背負った少女か……。親族を殺されたからフルーゲルが引き取って、親代わりに育てていたようだ。


 可哀想だとは思うが、アストレナ達が許すだろうか?

 俺は3人を見る。


「ゴロウ様、一人ぼっちなんて辛すぎます!わたくしからもお願いしますわ!」

「ゴロウ様、甲斐性の見せどころでございますよ!」

「わわわわたしからも、お、お願いしますぅ!」


 なんて心の広い娘達なのだろう。

 彼女達にそう言われてしまうと断れないな。


「その娘が了承するなら引き取るよ」


 しかし、そうなるとフルーゲルが消滅するのは良くないな……。俺もこっちの世界で義母と義妹を殺されてかなりショックだった。

 家族を失って、更に親代わりであるフルーゲルを亡くしたらどう思うだろうか?立ち直れるのか?


 フルーゲル、もう殆ど溶けて頭しか残っていない。


「それでいい……コハッ……ありが……とぅ……よ……」


 フルーゲルは完全に溶けてなくなり、赤い液体の中にビー玉のような水色の魔石だけが残った。


 俺は呟く。


「第七位階精神魔法、――魂奪」


 消え逝くフルーゲルの魂を保護した。







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