第79話 奴隷と庭造り




 翌日から作業を開始した。作業と言っても最初は土木工事になる。


 俺達が住む旅館はなだらかな丘の上に建っていて、旅館から150メートルほど南側の斜面を下ると田んぼが広がっている。因みに旅館の北側は少し下ると小さな川がある。

 旅館と田んぼの高低差は約7メートル。

 コンクリートで舗装された直線の坂道が一本通っている。


 以前、川が氾濫し田んぼが浸水したことがあって、高台になっている場所に旅館を置いた経緯がある。

 しかしその後、川に大きな土手を造ったから最近は大雨でも洪水しなくなった。


 始めに旅館から田んぼまで150メートル、高低差7メートルの南側の土地を開発していくぅー!


 今日は青髪ボブヘアのアストレナが俺のお供をすることになった。

 他にも手伝いたいと言う子はいたが、土木工事だからと断った。アストレナはそれでもどうしても見学したいと言うので連れてきた次第だ。


 俺の隣に立つアズダール王国第三王女アストレナ姫は作業着姿でヘルメットを被っている。


「「安全確認ヨシっ!」」


「ご安全に!」

「ご安全に!」


 朝のKYは現場に入る前の基本なのだ。


「ゴロウ様、先ずは草むしりでしょうか?」


 俺が第一ランド島に越してきた時は草一本ない荒野だった。しかしアイアンアントが駆除されて、土の中に残っていた種が芽を出し、今は辺り一面雑草が生えている。

 俺が草刈りをサボっていたせいで殆どがアストレナの身長より高い草だ。しかもジャングルの様に鬱蒼と茂っている。


「旅館の周りだけは草刈りしてたけど流石に範囲が広すぎてヤル気にならなかったです……すんません」


 と言い訳を言う俺。農家オヤジが草刈りをサボって家族に詰められる姿を長年見てきたから同じ反応をしてしまった。


「え、あの!わたくしも草刈りやりますから……、いえ、是非わたくしにやらせてください!」


 なんて良い子なんだ!


 俺達は田んぼ横の道から旅館を見上げている。余りの雑草の量に戦意喪失しそうだが気を取り直していこう。


「先ずは土地を整備するから。まぁ見てて。

 第五位階転移魔法――多面空間転移」


 ヒュゥウウウーーーン!


「う、うそ……こんなことが……あり得ないです。……だ、大地がなくなりましたわ……ッ!!」


 田んぼから旅館まで南北120メートル、東西200メートル。この長方形の土地の土砂が一瞬で消えて真っ平な平地がでたきた。


 この東西200メートルは、田んぼから旅館の玄関まで伸びていた一本道の西側を150メートル、東側を50メートル削っている。


 西側の広い土地はグラウンドにして、東側は桜や紅葉を楽しめる紅葉、銀杏を植えて小川や滝、噴水広場を造っり安らぎの森にする予定だ。


 田んぼと旅館は高低差が約7メートルあったから旅館のすぐ横に約7メートルの断崖絶壁ができている。一本道もスパッと綺麗に切断され消えた。


「この魔法の良いところは広範囲を転移できることと、地球の重力が作用して正確に水平を出せるところなんだ。この土地に田んぼのように水を張れば、全て均一の深さで水に沈む」


 唖然としながらもアストレナは俺に質問する。


「ここにあった土は何処へ行ったんですか?」


「山にあるゴロウズ鉱業だよ。そこで土と石を分別してる。ここの土には石がたくさん含まれていて、このままだと使えないんだよな。中には1メートルくらいの岩も入ってるからね」


「あの畑を耕すトラクターのロータリーが使えないのですね」


「そうそう、5センチくらいの石がロータリーに巻き込まれるだけでガンガン煩いからな。石と土を分別しないで耕したら一瞬で壊れるよ」


 午前授業を何も選択していないアストレナは俺本体が行く所に付いてくることが多い。

 ウィスタシア達の農業を手伝ったり、ヒオリやラウラの修行を見たり、レモニカと料理をすることもある。

 故にうち奴隷の中で一番幅広い知識がある。因みに読み書きに関しては元々の知識があったからうちで一番できる。


「ゴロウ様!ゴロウズ鉱業も見に行ってみたいですわ!」


「そっちは今度連れて行くよ。石灰岩の採掘をやってるからかなり広い現場だぞ。取り敢えず先に崖の方を補強しないと旅館が傾くからな。ここからはゴロウズも動員する。――来い!ゴロウズ!」


 俺の周りにゴロウズ20体がズズズゥーっとゆっくり出現した。異次元倉庫にストックしてあった機体だ。


「危ないからアストレナは俺の横で見ていろよ」


「はい!」


 ゴロウズ達は今出来上がった更地に散らばっていった。

 数体のゴロウズが転移魔法で予め作っておいたコンクリート壁を更地に転移させて並べる。この壁は高さ7メートル幅20メートル、厚みは上底80センチ、下底400センチ。壁を側面から見ると直角三角形の形をしている。


 一つが300トンはある巨大な壁を他のゴロウズが重力魔法で浮かせて正確に崖に貼り付けるように並べていく。


「一瞬で城壁ができていきます。道はどうするのですか?」


「こうするんだ」


 上空に長さ120メートル、幅広4メートルのコンクリート道路が出現した。


 俺は重力魔法でそいつを浮かせて元々道があった場所に正確に嵌め込む。


「ピッタリだな」


「道も一瞬でできちゃいましたッ!す、凄いです……」


「これ、コンクリートって言うんだけど、この中には鉄骨が入っていて凄く丈夫なんだ。5月に皆を引き取った時に庭を作ろうと思って、この壁とか道はその頃から造ってたんだよ」


「今度壁を作るところも見てみたいです!」

 と俺を見詰めるアストレナはヘルメットの下で瞳を輝かせる。


「ああ、いいよ。ゴロウズ鉱業で造ってるから今度行ったときに見学するといい」


「はいっ!」


 アストレナは色んなものに興味を示すんだよな。お姫様って感じがしない。


 田んぼ脇の道沿いにも高さ2メートルの壁を、端の側面も丘の傾斜に合わせた壁を並べて置くとあっという間に基礎工事が終わった。


「俺達は西側のグラウンドをやるか」


「はい!きゃっ!」


 俺はアストレナと一緒に空に浮いて、設置が終わった壁の上に移動した。


 東側の癒やしの森はゴロウズ達に任せることにした。


 グラウンドは旅館側に高さ7メートル、田んぼ側に高さ2メートルの壁があり、今置いた道もあってコンクリートの壁で四方が囲まれている。


「水捌けを良くするために低層に石を敷いていくぞ」


 俺はゴロウズ達と一緒に転移魔法でゴロウズ鉱業に山のように積んである石をグラウンドに移して、敷き詰めていく。

 土と石の分別は畑や田んぼ作る時もやっていて、最近だとヴォグマン領の畑の石取りもゴロウズ鉱業でやっている。

 今、グラウンドに敷き詰めている石は過去に分別したもの。


 石敷きが終わったらその上に砂を混ぜた土を敷き詰める。

 最後に超巨大な鉄のキューブで地面を踏み固めてグラウンドの完成だ。


 田んぼ脇の道路から壁の高さ2メートルまで土を盛った。旅館側の壁は2メートル土で埋もれたから、高さ7メートルの壁が5メートルになった。


 それと、旅館の目の前の壁に幅20メートルの広いコンクリート階段を設置した。これで旅館から直接グラウンドに降りられる。


「これでグラウンドの土木工事は完成だな」


「あっという間でしたね……」


 これだけの土木作業を魔法無しで重機やダンプカーだけやったら20人動員しても3ヶ月以上かかるだろう。それが僅か2時間程で終わった。


 魔法は細かい作業には不向きだが、こういう作業ではかなり高効率を発揮する。


 この壁や道路はいずれ赤煉瓦で覆いたいと考えている。その方がお洒落だからね。

 ただ、これだけ大量の煉瓦を日本で買うと、物凄いお値段になる。

 昨日日本で買った煉瓦は旅館周りの分しかない。


 いずれ煉瓦に丁度よい赤土を探して自作するかな。

 ウィスタシアの故郷、ヴォグマン領に赤レンガの街があるんだよなぁー……。アルベルトに了承をもらって、あそこで土を買えないか聞いてみるか?序でに結婚の報告をして……。


「それじゃグラウンドの周りに木を植えていくぞ。アストレナも手伝って」


「はい!もちろんです!」




 俺がスコップで穴を掘り、アストレナが木の苗を穴に入れて俺が土を戻す。

 グラウンドの周りに5メートル間隔で植えていく。


「よっ!結構重いですわね」


「大丈夫か?こまめに休憩するからな。無理するなよ。あと熱中症になるから水飲みながらやろう」


「わかりましたわ!ところでゴロウ様、この苗は何の木なのですか?」


「桜っていって、春になるとピンク色の花を咲かせるんだよ。綺麗だぞ」


「そうなのですね……花が咲くの楽しみですわ!」


 去年実家の桜の枝を貰って苗にした。

 2、3枚葉の付いた20センチくらいの桜の枝を水気のある土に挿し枝すると1ヶ月くらいで根が張り苗ができる。


 いつか桜並木を作ろうと思って千本くらい苗木を作ったけどそのまま放置していた。こんなところで役に立って良かったな。


 苗木の高さは1メートル程で葉と根がかなり出ている。これなら枯れることはないだろう。



 二人でのんびり作業して午前中に桜の木を植え終えた。


「よし、飯の時間だ。行こうぜ」


「はい!」


 俺とアストレナは出来上がったばかりのグラウンドを横切って歩く。


「広いですわね……」


「ここにも、今度クラピアって植物を植えるからな」


「クラピア?」


「旅館の周りに生えている芝生の様な背丈が低い草で、地面を密に覆ってくれるから、全面が緑の絨毯になるんだよ。芝生と違うのは5月から8月にかけて小指の先程の小さな花をたくさん咲かせて花畑ができるところかな」


「素敵ですわね……」


「実家の庭にも生えてるけど綺麗だぞ。ネットで注文したからその内届くよ」


「届いたらわたくしも一緒に植えさせてください」


「ああ、一緒にやろう」


「はいっ!ふふっ」


 アストレナ、嬉しそうだな。

 彼女は俺を手伝うのが好きなようだ。

 滅茶苦茶可愛いし素直で明るい子だから俺も一緒にいると楽しい。


 このグラウンドでは午後の授業で軽い運動をやる予定だ。ココノやタマは体を動かすのが嫌いで運動不足だからな。


 あとは犬と遊ぶような感じで、ボールを投げてガイアベルテに拾ってこさせるとか……。



 午後は他の女の子達も手伝って西側の土地に苗木や花の種を植えた。

 こちら側は土地は高低差を利用して階段や小川、滝、噴水広場を造った。後日、雑草対策で芝生やクラピアを植える。

 いずれウッドデッキやバーベキュウ場、ガラス張りの温室フラワーパークなんかも建てたい。

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