第28話 ちょいクズイケメンが美少年の憧れの的になってしまった

 俺とボーロが治療部屋に入っていくと、ファロンは既にベッドで上半身を起こせるまでに回復していた。


「ノッシュ様……」

 ファロンが囁くような小さな声で言った。

「まだ話さないほうがいいんじゃないか?」

 ファロンのまだあざや傷が残っている顔を見て俺は言った。

「そうだよ、まだファロン様は静かに休んでいて」

 ベッド脇に座っているニルがファロンの手を握りながら言った。

「うん……」

 そんなニルに柔らかい笑顔を返してファロンが言った。


「思ってたよりも回復が早いですね」

 俺が言うと、

「うむ、ファロン自身で身体強化の魔術をかけていたからな。見た目ほどはダメージを受けてなかったみたいだ」

 そう言うマリルは誇らしげに微笑みながらファロンを見ている。


(まるで自慢の息子を見る目だな)


 テシリアはベッドからやや離れた壁際の椅子に腰掛けていた。

(そういえばドタバタしてて忘れてたが、もう昼を過ぎたか)

「昼はここに持ってきましょうか?」

「ああ、頼む」

 マリルが短く答えると、ニルが立ち上がってササッと近づいてきた。

「私も行く、ファロン様のお昼は私が選びたいから」

 ニルは真剣な表情で俺を見上げている。

「じゃ、一緒に行くか」

「うん」

「私も行くわ」

 テシリアもそう言って立ち上がった。


 その間ボーロは終始無言でドアの脇に立っていた。

 テシリアと何か話がしたそうな素振りも見えたが、結局彼女に話しかけることはなかった。

「よっ」

 そのかわりというわけではないだろうが、ボーロは部屋を出ようとするニルに声をかけた。

「……」

 だが、ニルはまだボーロを警戒しているようで、サッとテシリアの影に隠れた。

「はは……」

 ボーロは頭を掻きながら苦笑いした。


(まあ、仕方ないかもな)

 好意を持っている男子の危機を救ってくれた人物だとはいえ、これまで持っていた悪い印象というのはそう簡単には消せないのだろう。


 施設の食堂に行くと、ニルは大量のパンケーキを頼んだ。

「ファロン様はパンケーキが大好きなの」

「そんなに食べられないんじゃないか?」

 俺が言うと、

「たくさん食べて元気になってもらうの。あと卵とベーコンと……」

 と俺の言う事など上の空で聞き流しながら、ニルはどんどん料理を皿に盛っていった。


(確かに元気が出そうな量だな)

 俺とテシリアはニルが取り分けた料理とピッチャー入りのミルクを部屋に持っていった。

「俺は食堂で食べます」

「ええ」

 俺はテシリアに言って部屋を出た。

 出掛けにベッドを見ると、ニルがファロンの膝の上の大きなトレイにパンケーキと料理、ミルク入りカップを載せているところだった。

「たくさん食べて早く元気になってね、ファロン様」

「うん、ありがとう、ニル」

 笑顔を交わすニルとファロンを見て俺は部屋を出た。


 食堂に行くとボーロが既に食事を始めていた。

 俺も自分の分を注文しボーロと同じテーブルに着いた。

「この後はどうするんだ?」

 ボーロが聞いてきた。

「あんなことがあった後なので今日は施設に泊まろうと思ってます」

 俺が答えると、

「そうか、なら俺もそうするわ」

「え?」

「なんだ、そんなに意外か?」

「あ……いえ、すみません」

「まあ、とりあえずあの坊主が治るまではな。神官様も忙しいだろうからよ」


 そういうわけで、その日は俺とボーロは施設に泊まることにした。

 ニルも泊まってファロンの世話をしたいと言ったが、

「いいえ、あなたは帰るのよ、ニル」

 とテシリアに言われてしまった、

「でも……」

 渋るニルだったが、

「カブリオレで送ってあげたらどうですか、テシリア?」

「あ、そうね、そうしましょう」

 俺の提案にテシリアが快諾した。


「本当……?」

 と一瞬ニルは嬉しそうに言ったが、すぐにファロンを後ろめたそうにチラッと見た。

「僕は大丈夫だよ」

 とファロンはニルに穏やかに微笑みかけながら言った。

「うむ、ファロンのことは私に任せておけ」

 とマリルも請け負ってくれた。


 こうして施設にはファロンの付き添いとしてマリル、念の為の見張り役として俺とボーロが残った。

 俺とボーロは交代で仮眠をとりながら見張りをしたが、無事何事もなく朝を迎えた。


 翌朝、俺とボーロが朝食をとっているとマリルとファロンが食堂にやってきた。

「もう大丈夫なんですか?」

 俺がマリルに聞くと、

「ああ、まだ無理はできんがな」

 とファロンの肩に手を載せてマリルが言った。

「ご心配をおかけしました」

 ファロンが丁寧に頭を下げた。

「よかったな」

 ボーロが言うと、

「あの……」

 と、ファロンがボーロに何かを言いたそうにした。

「ん、なんだ?」


「どうやら、ファロンがお主の強さに惚れ込んでしまったようでな」

 マリルがやや困ったような表情で言った。

「あ、あの、ボーロ様……私に格闘術を教えていただけませんでしょうか!」

 そう言うファロンには、まるで告白でもするかのような一途さがなぎっていた。


「俺にか!?」

 ボーロはボーロで全く予想もしていなかったファロンの申し出に、素っ頓狂な声になってしまっている。

「い、いや、でもよ……」

 と言いながらボーロはマリルの顔色を伺っている。

 さすがのボーロもこれを軽々しく受ける度胸はないようだ。


「本人たっての希望だ、仕方あるまい」

 マリルは諦めるように小さくため息をついて言った。

「ただし、純粋に格闘術だけだぞ。もしファロンに余計なことを教えようものなら……」

 その眼力だけで相手を吹き飛ばしてしまえるのではないかという目つきでボーロを睨みながらマリルが言った。

「も、もちろんです、神官様!」

 おそらく無意識だろう、ボーロは気をつけの姿勢で答えた。


 テシリアとニルは午後になってからやってきた。

「昨日はね、テシリア様のお屋敷に泊めてもらったの」

 ニルが俺に嬉しそうに報告した。

「それはよかったな」

「うん、テシリア様と一緒にお食事をしてぇ、一緒にお風呂に入ってぇ、一緒にベッドで寝たの」

「そうかそうか……」

(ん?テシリアとおふ……)

 とそこまで考えたところで、俺は全力を振り絞ってもうそ……想像を振り払った。

(ふう、危なかった)

 とひとり頭の中でホッとしてると、ニルが俺のことをじぃーっと見ているのに気がついた。


「なんだ、ニル?」

「ノッシュ様、今変なこと考えてたでしょ?」

「えっ!?」

「ほら」

「い、いや、ほらと言われても、何のことだか、はは……」

(なんだ、この脇の汗は)

「お風呂」

「!」

「やっぱりーー!」

 ニルは頬を膨らませてプンスカ状態だ。


「嬢ちゃん、男ってのはそういうもんだ」

 と、頼んでもいないのにボーロが助け舟を出してきた。

「あの、ボーロさん……」

(ここであなたが来るとややこしいことになりそうな)

「きっとファロンもそうだぜ」

「そんなことない!ファロン様はそんなこと考えないもん!」

「いやいや、彼だってもう十五歳だったか?十五にもなりゃあもう頭の中は……」

 と調子に乗ってしゃべっているボーロの背後を見て、俺は彼に目で合図をした。


「いろんな妄想で、てなんだノッ……シュ……?」

 そこはさすがボーロ、最後まで言う前に自分の背後の殺気に気がついたようだ。

「て、まあ、俺が十五の頃は変な妄想ばっかだったって話よ、ファロンくんとは大違いだってな、はははは……」

 咄嗟に取り繕ったボーロだったが時すでに遅し。

 彼の後ろには殺気をみなぎらせたマリルが立っていた。


「ちょうどいい、ファロン」

「はい、マリル様」

「これから、このグッシーノの坊主を相手に私の全力の戦いというのを見せてやろう」

「本当ですか!?」

 満面の笑顔でファロンが言った。

(ファロンくん、喜びすぎ)

 俺は密かにツッコミを入れておいた。


「ちょっ、待ってくれ神官様!これには深い理由わけが……」

 振り返って必死の弁明をしようとするボーロ。

(深い理由はないだろ……)

「こいつなら死なずに済むだろう。多分」

 マリルはボーロの言う事など全く気にせず、彼の襟首を掴んで広場へと連行していった。


(多分て……まあマリル様なら半殺しにしても治癒術で治せるとは思うが)


 ボーロには気の毒だが、俺もマリルの全力の戦いには非常に興味がある。

(後学のために俺も見学させてもらおう)


 などと思いながらマリル達の後についていくと、いつの間にか隣にテシリアが並んで歩いていた。

 俺と目が合うと、

「ノッシュは何か私に言うことある?言い訳とか」

 とイタズラっぽい笑顔で聞いてきた。

「いえ、ありません!」

 電光石火で俺は答えた。

 すると、少し間をおいてテシリアが言った。

「そうなんだ……」

「?」

「なんか、つまんない」

「え?」


 俺は思わず立ち止まってしまった。

 だが、テシリアはそんな俺のことなど構わずに先に歩いていった。

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