第27話 イケメンにも悩みらしきものがあるらしい
怒り心頭に達しているマリルは逃げていく大男の進行方向に仁王立ちしている。
そんな彼女に向かって大男は、
「どけ、邪魔だ!」
と怒鳴りながら払い
たがマリルは振り出された大男の腕を軽々と払い、彼の顔面に拳をぶち込んだ。
「ぐげっ!」
唸り声を上げて
「これは貴様の
低くて重いすごみのある声でマリルが大男に問いたただした。
「う、うるせぇーーーー!」
そう言いながら大男はマリルに殴りかかろうとした。
だがマリルは少しも動じず片手で大男を持ち上げると、脳天から地面に叩きつけた。
「ぐぎゃ!」
大男はその場で動かなくなった。
「おお、神官様」
そう言いながらボーロがマリルに歩み寄った。
マリルは歩み寄ってきたボーロの胸ぐらを掴んで捻り上げ、
「貴様、一体何をやらかしたぁーー!」
と、とんでもない剣幕でボーロを睨みつけた。
「い、いや、ま、待ってくれ神官様……」
ボーロは両手を上げて無抵抗を示しながら必死に訴えた。
「マリル様!」
俺はファロンを抱えたままでマリルに呼びかけた。
マリルは俺を見て、というよりは俺が抱えているファロンを見ると一気に顔を青ざめさせ、掴んでいたボーロを文字通り放り投げた。
「うぉおおーーい……」
ボーロは叫びながら数メートル先まで飛ばされて転がった。
マリルは駆け寄ってきて
「何ということだ……」
そう言いながら、ファロンの額に手を当てて治癒魔術を施し始めた。
「マリル様……申し訳ありません……こんなことに」
ファロンが弱々しく言うと、
「今は何も喋るな」
痛ましい表情でファロンを見ながら、優しく
「俺は奴らを取り押さえておきます」
俺はマリルにファロンを任せて言った。
「ああ、頼む」
「私も行くわ」
テシリアもそう言って俺とともに広場へと向かった。
「あの、テシリア、ニルは……」
俺は恐る恐る聞いた。
「大丈夫よ、服を乱されてはいるけど何もされてはいないわ」
「よかった……」
それを聞いて、俺はやっと気持ちが落ち着いた。
(もしニルに何かあったら……)
きっと俺は心のタガが外れてしまって、どうなっていたか分からない。
俺達はマリルが率いていた研修生の部隊の手を借りながら、ならず
「まったく
マリルにふっ飛ばされたボーロが戻ってきて俺たちに加わった。
「もう少し警備を増やさないと……」
そこまで言ってボーロはハッとして口を閉じた。
「そんなこと、分かってるわよ……!」
テシリアが悔しそうに呟いた。
「すまん、テシリア……」
ボーロはバツが悪そうに言った。
このダンジョンはアルヴァ公爵領内にある。
従ってその警備と治安維持はテシリアの実家であるアルヴァ公爵家が責任を持って行わなければならない。
もちろん公爵家も警備を充実させるよう努めているが。
(やはり財政面で十分な人員がまだ、か……)
倒れて唸っている男をふん縛りながらそんなことを考えていると、
「あ……!」
と、何かに気づいたようにボーロが声を上げた。
見ると、ボーロの視線は研修生の中の一人の女性に向けられているようだ。
(知ってる人なのかな……?)
と、俺が聞いてみようかと思った時には既にボーロはその女性に歩み寄っていた。
「やあ、久しぶりだな」
ボーロが話しかけたその女性は、年齢はテシリアと同じくらいに見える。
彼女はいきなり話しかけられて驚いている。
「えっとよ……」
と話を続けようとするボーロに、
「何をするの!」
と、テシリアが二人の間に立ち
「この子に近寄らないで!」
ボーロは割って入ってきたテシリアの剣幕に
「あ、ああ……」
と呟くと、ならず者たちの
(なにか因縁でもあるのか?)
俺は作業をしながらもチラチラと様子を見ていたが、それ以降はボーロもおとなしく作業を続け、特に何も起こらなかった。
捕縛したならず者は七人だった。
本来ならアルヴァ公爵家の警備隊を呼んで収監させるのが筋だが、
(結構な人数だよな……)
そう思って俺は、あくまでも暫定的な処置としてノール伯爵家で収監したらどうかとテシリアに提案した。
「でも、それでは……」
テシリアは困惑顔だ。
「マキス兄さんに頼んでおきますよ。諸々の連絡とかもやってくれると思います」
「分かったわ……ありがとう、ノッシュ」
力なく微笑んでテシリアが答えた。
研修生の中にノールタウン在住の少年がいたので、用件を書いたマキス宛の手紙を手間賃と共に預けた。
「すまないが、頼む」
「はい!」
おそらく十四、五歳だろう、やや小柄なその少年は元気よく返事をしてノール伯爵家に向かった。
ファロンを施設の治療室に運ぶと、俺とボーロはノール伯爵家の警備隊が来るまでの間、捕縛したならず者共を見張ることにした。
短い時間でざっと聞いた所によると、ならず者共は一杯引っ掛けてからダンジョンに入ろうとしたようだ。
それを注意した工房の者達に奴らは暴行をふるったうえ、ニルに下劣な行為をしようとしたのだという。
駆けつけたファロンは身を挺してニルを守ったが多勢に無勢、あのような状況になってしまったようだ。
「やっぱり、こいつら……!」
俺は改めて怒りが湧き上がってきて、縛られて広場の隅に集められているならず者共を睨んで拳を握りしめた。
そんな俺を見て、
「とりあえず今はやめとけ」
と、ボーロがなだめるように言った。
「やるならあの神官様に相談してからのほうがいいと思うぞ」
「そうですね……」
ボーロの言葉に、俺は意識を集中してなんとか気持ちを
「そういえば……」
俺はさっきのことを思い出してボーロに聞いた。
「なんだ?」
「さっき研修生のひとりに声をかけてましたよね?」
「ああ、あれか……」
ボーロは珍しく顔を曇らせた。
「あ、話せないことなら無理には……」
「いや、別に構わねえよ」
そう言うとボーロはならず者たちを見てから、少し離れたところを親指で指した。
俺達は声が聞こえない所に椅子を持っていって座りなおした。
「あの子はな、テシリアのメイドだった子なんだよ」
ボーロは話し始めた。
「テシリアの……ということは」
「ああ、例の舞踏会の時にテシリアが連れてたメイドだ」
これには俺もかなり驚かされた。
(てことは、部屋に連れ込んで無理やり……)
「まあ、色々と聞いていると思うけどな」
「ええ、母から聞きました」
「あの時の俺はやり方が
ボーロはそこで小さくため息をついた。
「で、さっき偶然会ったから声をかけちまったってわけさ」
そういうボーロの顔には自虐的な笑みが浮かんでいる。
(もしかしたら謝ろうとしたのか?)
「それはそうと、お前はなにもたもたしてんだよ」
ボーロが強引に話題を変えてきた。
「う……」
「まあ、テシリアを誰かに取られちまうなんてことにはならんだろうけどな」
「はい……」
「なんなら、なんて言えばいいのか俺が考えてやろうか?」
ニヤリと笑ってボーロが言った。
「い、いえ、俺が自分で考えます」
「あははは!」
この二日で俺のボーロに対する印象は大きく変わった。
さっきテシリアのメイドの話を聞いたときなどは、
(結構女子に対して腰が引けることもあるのか)
とボーロの意外な一面を見る思いがした。
やがて警備隊が到着し捕らえた者達を引き渡した。
引き渡す前にひとり二、三発ずつでも殴っておこうと俺は半ば本気で考えた。
だが、ボーロに言われた通りマリルに無断でやるのもどうかとも思ったので、やむなく断念することにした。
(ファロンは大丈夫かな?)
マリルがついているから心配ないとは思うがかなりの怪我だったことは間違いない。
テシリアは大丈夫と言っていたが、ニルのことも心配だ。
(心に傷を受けてたりしなければいいが……)
そんなことを思いながら警備隊を見送り、俺とボーロは施設の治療室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます