第21話 こいつが来るなんて しかも忠告されるし

「また明日来るわね」


 母やアリナ、マリルの熱心な引き止めにも関わらず、そう言ってアリスはオオベとともに俺たちの目の前で霧のように消えてしまった。


「ああ、もう……」

 がっくりと肩を落とす母メリア。

 マリルとアリナは、妖精の女王の来訪をそれぞれ大司教と国王陛下へ伝えるべく手紙をしたためた。


 俺はテシリアが心配だったが、マリルがついていてくれるし、今はベッドで眠っている。

(俺にできることは何も無いか……)

 そう思って気分転換がてら部屋を出て庭へと向かった。


(まだ色々と聞きたいことがあるんだよな、アリス様に……)

 俺は庭のベンチに腰掛けてぼんやりと考えた。

 ドークルールはなぜ俺とテシリアの魂を魔術結界に閉じ込めたのか。

 もし、あのままドークルールの魔術結界に残っていたらどうなっていたのか。

 アリスとオオベはどうやって結界内に入ってこれたのか。

 ドークルールは俺に前世の記憶があることを知っていたが、アリスも知っているのか。


 そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 顔を上げてみてみると、思いも寄らない人物がそこにいた。

 ボーロ=グッシーノだった。


「よう」

 ボーロは軽く手を上げて挨拶しながら近づいてきた。

「……こんにちは」

(なんでこんなところに……)

 どういう対応をすればいいか分からずに、俺はもごもごと返した。


「そんなに警戒しないでくれよ、別に喧嘩をしにきたわけじゃねえからよ」

 ボーロは苦笑いを浮かべながら言った。

「……」

 無言でいる俺に、

「隣いいか?」

 と言いながらボーロは俺が腰掛けているベンチの反対側を指さした。

「どうぞ……」

 そう言いながら俺は腰をずらして場所を空けた。


「大変だったみてぇだな」

「はい」

「三日も寝たきりだったって?」

「らしいです」

「そうか……」

「はい……」


 微妙な沈黙が場の空気を支配した。

 気まずい沈黙ではあったが、どういうわけか彼が俺に何かを伝えようとしているのではないか、という気がしてきた。


「親父がな、見舞いに行ってこいって言うもんでな」

「そうですか」

「まあ、俺も気にはなってたし……」

「……」


(見舞い……それだけか?)

 それならば屋敷の玄関口で済む話だと思うが。

(まあ、公爵家の坊っちゃんともなればそうはいかないか)

 我がノール家は伯爵家だ。公爵家のしかも王国最大の貴族の息子が来たとなれば、表面上は礼を持って迎えなければならない。

(まあ、母さんが素直に通してくれるかは分からないけど)

 母のメリアはこの前の俺とボーロの決闘のことを未だ根に持っているようなのだ。


「そういえば、ボーロさん、あ……そうお呼びしてもかまいませんか?」

 俺が沈黙を破って話しかけた。

「ああ、かまわねえよ」

 俺の言葉に機嫌を悪くしたような様子はボーロに見られなかった。

「手は大丈夫ですか、この前の……」

 この前のボーロとの決闘で俺は、両腕両脚をずたずたにされたうえ、左腿を剣で貫かれる重傷を負った。

 その代わりに俺はボーロの右手首に渾身の一撃を見舞い、剣を握れなくなった彼からからくも勝利を勝ち取ったのだ。


「ああ、なんとかな」

 ボーロは右手首をさすりながら言った。

はがねの小手を着けててよかったぜ。革のだったら手首を切り落とされてただろうな」

「すみません……」

「謝る必要はねえよ、それが決闘ってもんだ。お前のほうがよっぽど酷かっただろ」

「危うく死ぬところだったと、マリル様に叱られました」

「ほんとだぜ、俺は危うく人殺しになるところだったんだからな」

 ボーロはベンチの背もたれにドサッと背を預けて大きく息を吐いた。


「まあ、あの後、親父にぶん殴られたけどな」

「はい、母に聞きました」

「まじかよ?」

「はい」

「お前のおふくろさん、おっかねえよなぁ……王国諜報部と繋がってるんだっけ?」

「最近はそうでもないと聞いてます」

(本当かどうか分からんけど)


「テシリアのおふくろさんもおっかねえしなぁ……親父なんて睨まれただけでチビリそうになるって言ってるぜ」

「今度伝えておきます」

「ばか、やめろ!そんなことしたら魔術で屋敷をふっ飛ばされちまうだろうが!」

 結構マジなトーンでボーロが慌てて俺を制した。

「はは、確かに」

 真剣なボーロの顔に思わず俺は笑いが出てしまった。

「おいおい!」 

 と言いながらもボーロの顔も笑っている。


「まあ、お前と話ができてよかったぜ」

 しばらく笑い合ってからボーロが言った。

「はい、俺もです」

 俺が答えると、

「でもな、今日はお前に話しておきたいことがあって来たんだ、見舞いがてらな」

「話しておきたいこと?」

「ああ」


 俺はボーロの次の言葉を待った。 

「何から話せばいいのか……」

 ボーロは視線を上に向けて言葉を探している。

「まず、俺はお前よりも断然だんぜんつらが良い!」

「うぐっ……!」

(そんなことは百も承知だ!)

 とはいえ、ここまで直球で言われるとさすがつらい。

「あ、すまんな、言い方がまずくて」

「いえ、本当のことですから……」

 つい口がとんがってしまいそうになる。


「まあ、聞いてくれ。俺は顔が良い、だから女にもモテる」

「でしょうね……」

「って、思うだろ?」

「違うんですか!?」

 俺はマジて驚いて聞いた。

「違ってはいない」

「うっ……」

(やっぱり顔かい!)


「違ってはいないが、それは半分だけだ」

「半分?」

「周りが思うほどは女にモテてないってことだ」

「よくわかりませんが……」

(どういうことだ?マジで分からん……)


「考えてもみろ、俺はテシリアにモテてると思うか?」

「いえ……」

「だろ?それにな、お前も多分聞いてるとは思うが、俺はテシリアのメイドにもこっぴどくフラレてるんだぞ」

「あ……」

 俺は母から聞いた話を思い出した。

 二年前にテシリアとボーロは婚約直前までいった。

 その婚約のお披露目目的の舞踏会で、ボーロはテシリアのメイドに手を出そうとして失敗した。

 そのうえ、舞踏会場でテシリアに無理矢理キスをして平手打ちを食らっているのだ。


「まあ、あれは俺が悪かったんだけどな」

 気まずそうに言うボーロ。

「それとな、ひとつお前に言っておかなきゃと思ってな」

「俺に、ですか?」

「ああ」

(一体なんなんだ?)

「あの決闘の前の酒場で俺が言ったことだが……」

「はい……」

「あれは嘘だ」

「嘘?って何がですか?」 

「テシリアが酒をぶちまける前に俺が言ったことだ……」

 俺の目を避けるようにしてボーロが言った。

「あ……」


味見あじみはしておいたからよ』

(あれか!)


「あのダンスの時、俺がテシリアにキスしようとしたのは本当だ。だがテシリアはギリギリのところでけたんだよ」

「え?」

「やっぱり聞いてなかったか」

 小さくため息をついてボーロは続けた。

「テシリアの身のこなしの速さはお前も知ってるだろ?あいつは咄嗟とっさに顔をずらして俺の口をけたんだよ」

(初めて聞いた……)

「っても、ほっぺたに少し口が触れてな。俺に平手打ちを食らわせたら洗面所にすっ飛んでいって、念入りに顔を洗ったらしい」

 苦笑いをしながらボーロが言った。


「とまあ、こんな恥をさらすような話をするのは、顔が良いからっていい思いばかりしてるわけじゃねえぞって言いたかったんだ」

 カラカラと乾いた笑い声を出しながらボーロが言った。

「そう、なんですね……」

 とボーロに返した俺だが、やはり顔は良いに越したことはない。

うらやましい……)

 それが俺の正直な気持ちだ。


「俺はお前が羨ましいぜ」

 気のない返事を返した俺にボーロが言った。

「ええ!?」

 これには心底驚いた。

「自業自得とはいえ、俺はテシリアにフラレた。だがお前は形式的な婚約者ということを別にしても、テシリアといい感じになってるように俺には見える。羨ましくて当然だろう?」

「……」

 俺は何か言おうと口を開けたが言葉が出てこなかった。


 そんな俺を見て、ボーロは初めて見せる真剣な顔で言った。

「お節介せっかいを承知で言うが……」

「はい……」

「お前とテシリアはいずれは結婚できるだろう、貴族同士で正式に婚約を交わしてるんだからな」

「……」

「だが、お前はテシリアをどう思ってるんだ?」

「どう……」

「というか、どう思っているのかをテシリアに告白したことがあるか?」

「……!」

 俺は完全に言葉に詰まってしまった。

 俺たちはしばらくの間、言葉を交わさなかった。


「俺はそろそろ帰るわ」

 沈黙を破るようにそう言って、ボーロは立ち上がった。

「もしかしたら混乱させちまったかも知れねえな」

 ボーロは立ち去ろうと何歩か歩くと、立ち止まって振り返って言った。

「フラレるのもいい経験だぜ、俺が言っても説得力ないがな」

「……」

 俺は無言で視線だけボーロに向けた。

「じゃあな」

 そう言うとボーロは、落ち着いた足取りで玄関の方へと歩いて行った。

 そんなボーロから、

「言葉にするって大事だよなぁ」

 と、誰に言うでもないボーロのひとり言が聞こえてきた。

 

(言葉にする、か……)


 ボーロの言葉を反芻はんすうする俺の頭の中は、既にテシリアのことでいっぱいになっていた。

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